こんにちは研究員のぴんです。
これで次に行きましょうww
曇ったり晴れたり、雨降ったりの名古屋。
さてさて、今日のお題はオリンピックをやっている頃、書こうと思っていたのですが、なにせ本題より前書き、雑談、脱線が多いぴん。
前書き書いたら長いので、前書き本題にしてしまうこと数回、本日のお題「評価に対する不思議」がアップできないままでした。
いつも長々と書いてしまいすみません。
今日は結論から書きます。
評価が気になり生きづらい時、今いるフィールドを変えたらラクにならないか。
自分が戦う、または生息するフィールドは、今いるこの場所だけではない。
と言う話です。
以前から「生きづらい」と言うことばに対して、何に対してだろう?と思ってました。
個人的な考えですが、それは環境に対する自分、他者からの評価に自分が苦しい。
別に他人に評価されてなくても、自分自身で自分を評価してしまい、この場所では息がしづらいと勝手に感じてしまう。
先日、終わったオリンピック。
なぜオリンピックは他の国際大会よりアスリートの中の重要度が高いのか?
やはり、メダルの金、銀、銅という物のせいか。
または、多くの競技が一時期に集まって行なわれるからか。
例えばテニスやサッカー、ゴルフなどの国際大会は、その競技が好きでないと見なかったりするが、オリンピックは試合を見なくとも試合後には、いち早くニュースになったり、なんとなく見てしまう。国によって金がいくつとか発表して、メダル数でも競いあう総合スポーツ大会だからか?
オリンピックには魔物がいると(古い?)言われたように、期待されていた選手が勝てなかったり、まったく期待されてなかった選手が優勝したり大番狂わせ的なドラマもあります。
スポーツにさほど興味がないぴんでさえ、金メダル一度取ったら一生金メダリストの肩書き使えるね^_^と思ったりする。
でも実際、オリンピック以外の大会で、多数優勝してる選手もいます。
実際のところ、実力はわかりません。
金メダルイコール世界一の実力ではないのです。
オリンピックを見てて思ったことです。
今、評価に苦しんでいる人がいたら、評価は評価として、評価するモノサシが変わると見える世界も違うということに気づいてほしいです。
評価は時代や場所によっても変わります。
個人的なゆるい学生時代の話を。
中学時代、全く勉強しませんでした。今思うと地元の学校はレベルが高かったのです。
高校は中学の先生が、心配してくれ、私学に高校から入り、その後エスカレーターで短大に行く道を教えてくれ、子供の学歴を心配した両親は学費が高い私学にいかせてくれました。
行った高校がレベルが低かったせいか、高校時代はエセ優等生で気持ちよく過ごしましたww
短大へは、エスカレーターで。
高校と同様ゆるい学生生活。
就職は、バブル弾けた氷河期の始まりでしたが、卒業式一週間前にエスカレーターならぬ直行エレベーターの様な感じで、今の職場に入り現在に至る。
書いてみると非常にユルイわ(爆)
就職したら、今度は高学歴な人ばかりで、戸惑ったのですが、そんなことより飲み会やコンパで知ったのが、どこに住んでるかで羨ましがれたという。
それまで自分の居住地がいいとか、悪いとが考えたことすらありませんでした。
飲み会や仕事の打ち合わせの雑談で、住んでいる地域をいうと、結構な確率で、「ぴんさんあそこいいとこだね!」と言われたものです。
ヘェー。住んでいるところか。
そんなモノサシがあったのか。
もちろん学歴のモノサシもあります。
いとこから聞いた話ですが、遠縁のおばちゃんに当たる人なのですが、未だに「私、名大出なのよ!」と事あるごとに威張るのだという。
たしかに名古屋大学は、いい大学です。
ですが、いとこは「80年生きてきて名大以外に誇れんのか💢」と。
大学出てからストップしたままというのも滑稽な気がし、時代的に女子が大学に行くのが少ない時代かもですが。
学歴は、学生時代勉強を頑張った程度の証ぐらいに思った方が良さそうです。
つらつら書きましたが、人によって、場所によって、環境によって、どんなモノサシがあるかは分かりません。学歴、出身校、部活、所属会社、趣味愛好家のサークルなどなど。
たしかに切磋琢磨の評価の世界に身を置かないと自分が向上しないということもあります。
世の中には、切磋琢磨が大好物な人もいます。
ぴんちゃんパパの弟がそうでした。
叔父さんは、
学生時代、ほぼビリの成績で地元の高校に入学→3年後ほぼ主席で卒業→東京六大学の一つへ入学
その後、メーカーに就職。とある商品の営業マンになり、一時期、赴任先の北海道である商品を道内で一番売り、営業の神様と言われていました。その後、九州の赴任先でも売りまくりました。
叔父は、ゲーム好きな評価に燃えるタイプ。
でもね世の中、そんな人ばかりじゃないよね。
評価に悩める時、その評価、間違ってない?
この評価だけで全てが決まるわけではない。
他にも道がない?
もっと得意なことがあるかも?
今の評価なんて他の場所では違うかも?
いい加減な評価もある。
どうしても行き詰まった時、いかりや長介さんの「だめりゃこりゃ」
という素晴らしい言葉があります。
今日はこれをシェアしますかww
これで次に行きましょうww
ランチタイムのぴんでした。
飛行機に乗りたい✈️

