見返りを求めない愛とは、お母さんが子どもに

愛する感覚がまさにそうだ。

 

ご飯を作ることや子どもの頼み事 に応えることに見返りを

求めていない。

 

でも、他人を愛するとなると得るもの(見返り)もセットで

愛を与えてしまっている。

 

その背景として自分の不足感からきてる。

《私が我慢すればいい》《私なんて価値がない》《私はどうせ愛されない》

その欠乏を埋めるかのように愛を求めている。

欠乏の前提に求めるものは愛されないから相手に差し上げたり

我慢すれば愛されるとの思い込みがある。

 

そして必死に追い求めている。

尽くしたり、合わせたり、頑張ったり

相手を変えよう、コントロールしようとする。

でも、それをしてもなぜか心は満たされず、欠乏ばかりを

意識してしまう。

 

どこか寂しいような、むしろ疲弊したり、望まない現実

になっていることに気づく。

 

ここで自分の感情に向き合うことが大事。

自分の心に目を向けてみると

《悲しい》《寂しい》《悔しい》って叫んでいた。

『無視しないでよ』『私はここにいるよ』って置き去りだった自分が

やっと現れてきた。

 

《あー私一生懸命ご飯作ったのに食べてくれなくて悲しかったんだ》

《一人で育児・家事を抱えて我慢して助けてと言えず苦しかったんだ》

なんだか晴れない気持ちが何でそう感じたかわかることで

もう一人の自分によしよしされてる感じがして今まで感じていた

負の感情が落ち着きをみせてくた。

 

相手に好かれよう、愛されようと我慢して頑張っていたんだ、

愛されようと思い自分を置き去りにして相手に与えていたけど

愛されていたことに気づいた。

私を心配してくれたり

仕事忙しいのに休日は私が行きたいとこに連れて行ってくれたり

私愛されていたんだなと意識が変わると気づけること。

 

本当はやりたくない、こうしたいという気持ちを我慢してまで

相手に与えるから望まない答えを得たときにあなたのためにやったのに

と負の感情を感じる。

 

でも愛されている、信頼されていると気づいていたら相手から

それを求めよう、見返りを求めることはない。

 

相手から愛されるより、自分を愛することが大事。