11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。

謝罪について、今日も考えてみたいと思います。

そもそもですが、渦中にある時、誰かに謝って欲しかったか。今考えると、特段謝って欲しいとは思っていなかったかもしれないなと考えていました。相手方には怒りもありましたが、今振り返ってみると、もしかしたら怒りの根本は「あなたは悪くない、働けなくなったのは、あなたのせいではない」ということを、誰かに認めて欲しかったその一つのあらわれだったのかもしれないなと思いました。

私は当時とにかく働けなくなってしまったことに焦りを感じていました。上司と相談のうえ、上司の指示のもと、取材相手のもとに通いました。もちろん、止めてくれる上司もいましたし、最終的には自分で選んだこと、ですが。
はじめはうまくコミュニケーションが取れていた会社とも、報道の後から徐々に離れていってしまいました。記者としてはもう勤められないばかりか、会社のお荷物になっているのだろうなと感じさせることばかりが続きました。

もちろん、当時の私は病気だったので、平時の思考は持てていません。なので、穿った見方をしていたということは確実にあります。でも、当時はそう感じていました。会社のため、記者としての自分のためと思ってやってきたことが、どちらも全く逆の選択を、してしまっていたのだなぁ。結果、一人に、なってしまったなぁ、と。そして、認めてほしくて必死になって。必死になるほど相手方も会社も離れていくようで。

最終的にはとにかく自分は記者に向かなかったと言い聞かせて、その責任を取る思いで会社を辞め、相手方からの謝罪も諦めました。

気持ちの区切りとして労災申請をし、認定を受けましたがこれはPTSDになったからというより、長時間労働によるものとの側面が強かったと説明されたように記憶しています。

「諦める」という選択は、振り返ってみれば良かったと思います。そうやって諦めることで次の人生に目を向けることができたので。執着していたら、多分今も怒りの中にいるか、もしくはとっくの昔に死んでいたか、どっちかだと思います。

でも、それって…。それって…。やっはりそれって、よかったのかな。。10年以上経った今も整理できない気持ちがあるのは、当時の掛け違えたボタンが、そのままになっているから、それは確実なのです。