11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。

昨日ブログを書いていて、思い出した出来事がありました。それについて、綴ってみようと思います。

一回目の入院生活が終わってしばらくした頃、友人と話していた時のこと。他局の女性記者(以下Aさん)と交流のあるその友人が、こんなことを話していました。
「Aさんが、あなたのことは本当に可哀想だったと言っていた。完全に被害者だと。でも、(別の女性記者、以下Bさん)は、自分から誘ったらしいね」と。

この発言は伝聞なので、真偽や言い回しは定かではありませんが、もし仮に他局の女性記者がこの内容そのまま発言したと仮定して考えていきます。

私は、Aさんとは一度も話したことがありません。なのに、直接当事者の事実関係を聞いて判断したような内容を全くマスコミとは関係のない私の友人に話していたことに、違和感を感じました。いわゆる裏のない情報のはずなのですが。

そして、Bさんについてもそうです。私はBさんと直接何度も話したことがありますが、「誘った」というのは事実無根だと断言できます。

これはどの業界にも共通することだと思いますが、「男女関係を利用して仕事をする」ことは批判的な目で見られがちです。上記のような噂が出るのも、1つのあらわれだと思います。
一方で、「セクハラを受けても事を荒げずうまく対処しながら自己解決する」ことを良しとする風潮が、少なくとも私がマスコミで働いていた10年以上前にはあったように思います。

もしかすると、今もこの風潮が残っている会社や業界があるかもしれません。

そしてもしかすると、マスコミにはまだこの風潮が残っているからこそ、同じような案件が続いてしまうのかもしれません。

セクハラを表沙汰にすると、どんなに名前を出さなくても、仲間内にはすぐ広がります。記者として引き続きやっていくなら、どんなに自分がシロであっても、色眼鏡で見られるようにもなります。そういう風潮も、セクハラの問題をオープンにできない1つの理由である気がします。