11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。
ブログで色んなことを綴っている私ですが、意識して触れないようにしていることがあります。それは、
①相手方や放送局を特定するような内容について
②具体的に、相手方から何をされたかについて
これには理由があります。
①の理由。
私は相手方に対して、今となっては責める気持ちも怒りの気持ちも全くありません。(実際仮に会ってしまったら、フラッシュバック起こすと思いますが…)相手方が失ったものを考えると、十分過ぎるほどのことを受けていると思います。私は、ある意味相手方も被害者なのではないかと思うことがあります。働く女性に対しての世の中一般的な認識や、相手方が勤めていた官公庁の先輩方から教えられてきたものなどが、彼にそういう行動を取らせたのではないかとも考えるのです。この構造や認識が変化していかなければ、同じような案件は続くと思うのです。これは、もはや彼の個人的なパーソナリティの問題ではないのではないかと。相手方を特定してしまうと、どうしてもパーソナリティの問題に焦点が当たってしまいます。それはしたくないなと思っています。勤めていた官公庁や私が勤めていた放送局を公開するとすぐに相手方は特定されると思うので、今回そういった内容は意識して記載しないようにしています。
②の理由。
これは、まず一番の理由は、思い出せないから、です。ほとんどのことを思い出せません。当時の日記はあるので思い出そうと思えば思い出すことは可能です。ブログを書き始めたことで、いくつかの忘れていた当時の記憶が戻ってきました。もはやフラッシュバックを起こすことはありませんが、動悸はするし、あまりいい気分ではありません。考えてみれば、病気のさなかでは時間や場所に関係なく過去のことが思い出されてフラッシュバックが襲ってきました。今はまだ過去の経験を思い出すことに耐えられないなと思えば、蓋をしたままにすることができます。このマネジメントができるようになったことは、私が日常生活を安定して送るためにとても大きいことです。
ちなみに、上記のことを記載したら、なぜでは顔出しはしたのかと言われそうなので、理由を書きます。全てを匿名化してしまうと、自分の言葉に責任を持ちにくくなるような気がしました。また、本当にあったことだとは思ってもらえないのではとも思ったから、です。顔写真を差し控えた方が読んでくださる方に我が事として考えていただきやすいようなら、いつでも画像を差し替えようと思っています。
#MeToo