11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。
今私はメンタルヘルスを主力事業としている会社で働いています。私の過去の経験を知っている人からは、病気を患った経験があるからこの仕事を選んだのでしょう、と言われます。
でも、実際は違うんです。
放送局は、3年目に入る前に退職しました。その後、リハビリのために職業訓練に三ヶ月間通った後銀行で三ヶ月間パートをしました。
職業訓練に通う前、無謀にも首都圏で転職活動をしました。その時はとにかく放送局の人たちを見返したくて、年収の高い会社ばかり受けました。
全滅でした。
銀行でパートをしながら、転職エージェントに相談に行きました。あなたに紹介できる案件はないと言われました。放送局の記者というのは、恵まれている。その職業を2年足らずで辞めている人は、どの会社も敬遠するだろうと。確かに放送局は他のお仕事から比べるとお給料も高めですし、名刺一枚で会社の重役や政治家にも会えます。放送局の腕章をつけていると、色んな方から丁寧に扱っていただいたように思います。そんな立場を早々に辞める私は、他の仕事に馴染めそうにないと思われたのでしょう。さらに衝撃だったのは、パート経験は履歴書に書けないということ。履歴書を書くと、私は約1年間無職だったことになり、不利だと。当時はまだ第二新卒採用は下火だった頃。放送局に勤めていたことが転職活動の足枷になるなんて思っていなかったので、ショックでしたし、時間の経過をもどかしく思っていました。
二人目の転職エージェントの方が、記者はつぶしがきかないお仕事だけど、色んな所に取材に行っているから、法人営業ならできるかもしれない。さらには人前に出ることは慣れているだろうから、営業兼講師のお仕事もある会社ならどうかと言って、5社ほど紹介してくださいました。その中で最も早く内定をくれたのが、今の会社の前身となる会社でした。その会社の最終面接で、自分が病気で放送局を辞めたことを話しました。心理学の概念をもとに教育研修事業を行っている会社だったということもあったのか、びっくりするくらい自然と受け入れてくれました。知識も営業経験もない私を受け入れてくださった当時の皆さんには、感謝しかありません。
前身となる会社がたまたまメンタルヘルス事業を行っている今の会社に買われて、私はずっと今の仕事に携わっています。もちろん、過去があったからこその思いもありますし、事業内容にも共感しています。でも、選んで今の会社に来ていないというのが、不思議な巡り合わせだなと感じています。
#MeToo