11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。
セクハラで会社をやめたとか、病気になったとか言うと、「それくらいで病気になるの?」とか、「大袈裟だよ」と言われることがあります。
ケガをさせているわけでも物質的に何かを奪っているわけでもない。一種のコミュニケーションもしくはイタズラくらいにしか思っていない。なのに、そこまでなるの?気にしすぎるんじゃない??というように。
それが仕事相手なら、うまくあしらえよ、それも仕事のうちだろ、とでもいうように。
でも、こういう方に「もしあなたの肉親(お子さん、お孫さん、パートナー)が仕事上で好きでもない方から断り辛い状況で卑猥な言葉を投げかけられたり、関係を求められたりしているのを知ったらどう思いますか?」と聞いてみると、たいがい言葉を失われます。「そんな職場、本人が続けたいと言っても辞めさせる!」とか、「私が代わりに相手方や会社を訴える!」とおっしゃっていた方もいました。
(うちの娘は決してそんな不当な扱いは受けるような子ではない!と断言されていた官公庁のとある職員もいましたが…)
身の回りの全ての女性を、肉親のように思うなんて無理があります。でも、大切に思っている肉親が経験することは許せなくて、その他の女性であればそれくらい許せよ、忘れろよ、あしらえよと言えてしまうなら、その差って、一体何でしょうか。
力を使って、断りにくい関係性を利用して無理強いするその背景には、相手に対する敬意や配慮、想像力が少なくなっているということはないでしょうか。
ちなみに。優秀な男性記者は、ネタ元と信頼関係を築き、情報を入手します。信頼関係を構築するためには、長い時間を要することもあります。足繁く通って、少しずつ人となりを分かってもらって、信頼を勝ち得ていく。同じ志を持った女性記者が、早い段階で関係を求められてしまう、それは信頼関係を構築するに値しないと言われているような絶望を感じることでもあると、私自身は感じています。