11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。
セクハラから時間が経った今、相手方やその他のことについての気持ちを書いてみます。
●相手方について
怒りも恨みも、びっくりするほどありません。実際会ったらフラッシュバックを起こすのだろうけど、相手方に対しては、セクハラがあってから3年後くらいにはネガティブな感情は消えました。相手も寂しかったのかな、失うものも大きかっただろうなと、同情の気持ちがほとんどです。
●放送局に対して
怒りや悲しみなど、複雑な気持ちが今でもあります。セクハラ前後で個人的に助けていただいた同僚はたくさんいるのですが、報道にあたって私に詳しい事情を確認せずニュースにしたこと、ニュースではその被害者が自社の記者であることを伏せたこと、責任逃れした上司、「あなたの今回の経験は取るに足りない経験だったね」と話した役員など、そして今となっては私のことなど記憶にもない人が多いこと。
とはいえ4年ほど前今の仕事の方が記者よりも向いているかもしれないと思えたタイミングから、その辛さも少しずつ薄らいできているように実感しています。
●官公庁に対して
怖いし、不信があります。でも、それもかなり僅かです。諦めや、仕方のなさみたいな、割り切りはもっと前、恐らく故郷を出た9年前にはずいぶん気持ちの整理ができていた気がします。
●自分について
記者で働いていた頃の自信は、まだ戻りません。でも、故郷を離れ、新しい生活で恵まれた人間関係、キャリア、家族のおかげで、別の人生を歩むことができました。すっかりセクハラとその結果発病したPTSDという病気に自分の人生が飲み込まれていたけれど、その過去も自分の人生のほんの一部だと感じることができるようになりました。
●セクハラを取りまく世論について
セクハラは悪であるとする報道、私も同じ被害に遭ったと発言する女性たち…世の中は確実に変わってきています。でも、セクハラを「加害者がだらしない」「被害者がたまたま運が悪かった」というように、個人的な問題と捉える風潮は変わらないと感じています。だからこそ、今回の報道もすぐに忘れ去られ、同じような被害が続いてしまうのではないかという強い危機感があります。
今こうして発信しているのは、とにかく世論の高まっている今のうちに我が事として一人でも多くの人にセクハラについて考えていただき、同じような被害をなくしたい、その一心です。この思いが、皆さんに届きますように。