11年前取材相手からのセクハラがきっかけでPTSDになり、放送局の記者を辞めました。
周囲の反応は、様々でした。まず、親族の反応について。
母には会社に相談した後すぐ連絡しました。当時は会社のすぐ近くで独り暮らししていたので、ご飯でも食べに来てくれたら?とのこと、かに料理でもてなしてくれました。でも、私は夜起きたフラッシュバックで薬を飲み過ぎてしまい、目が覚めたら全部出してしまっていました。この様子で、もはやもてなしてる場合ではないと悟ったと、母は後日言っていました。入院中の約七ヶ月間、1時間車を飛ばして病院まできてくれました。でも当時は愛情を受け入れることができず、さっさと帰っていほしいオーラを出してしまっていました…。
シャイな兄も、当事小学校低学年だった妹も、私が自殺未遂するたびに泣いていたようです。
そして、父。私は本当は県外で就職したかったのだけれど、父の病気の関係で、地元での就職を決めました。社外の記者室につめる時は、近くで勤めていた父とランチを共にすることもありました。父、うれしそうだったなぁ。あんなことがあって、家族みんなで暮らすという父の夢を続けることができず、今は年二回会うくらいになってしまいました。見てるかどうか分からないけど、父、ごめんね。
こうして考えると、当時は自分のことで精一杯で何も見えていなかったけれど、家族もたくさん悩んでもがいたんだなぁ、と思います。ありがとう。ごめんね。