11年前取材相手からのセクハラがきっかけで、放送局の記者を辞めました。
セクハラについての、私の今の考えを綴ります。
私は、仕事上での恋愛に関して、賛成です!
一生懸命お仕事されている人は輝いているので、好意を持つことは自然だと思います。女性らしさを全面に打ち出してお仕事することも、本人が納得しているのなら、それもそれで否定するつもりはありません。
一括りに女性と言っても、色んな人がいます。でも、女性というだけで、「こういう存在」という殻をあてはめられる、その幅が狭いように、感じています。
「女性だから、女性らしく」→男勝りに頑張りたい人もいます。
「女性だから、無理させない」→ストレッチしたい人は山ほどいます。
「女を使って仕事するなんて」→周囲に愛されながら、能力を発揮する人もいます。
私も、男性記者と同じように仕事したいと思っていたのに、女性だからという理由で、そうとは見られていなかったというように、本人の志向や能力ではないところで枠にはめられることが、たくさんあると思うんです。
私がこのブログを通してみなさんと考えていきたいのは、「キャリアやその他の志向を、性差で狭めることのないような、世の中や人の器を広げること」です。
私は、もはやセクハラの相手方の被害者だとは思っていません。これはあくまで私の事例ですが、私には考えの甘いところもあったと感じているので、同罪くらいに思っています。
ただ、組織や構造の被害者であるとは感じています。
セクハラは、個人の問題として捉えられがちですが、問題の根本は、組織や構造にあると思っています。
世論の関心が高まっている今だからこそ、みなさんと考えていきたいです。