寛平ちゃん!
おかえりなさい!!
ご無事で、
そして
元気な笑顔で日本に帰ってきてくれて!!!
まさに 超人。
超人、、、、
や、私なんかが
安易に言葉にしちゃいけないね。 >_<。
もう、ただ、ただ、、、、
『ご無事のおかえり、
本当におつかれさまでした。
ありがとう、ありがとう。。』
1月4日。
こちらのヨットハーバーから
ゴール地大阪へ向けて
再び走り出した寛平ちゃん。
そして 今日。
2年ぶりに
大阪の地を踏みしめた寛平ちゃん。
『太平洋横断中は同行した元マネージャーと
船内に二人きりの生活が70日間続き、
ストレスに苦しんだ。
船上に飛び込んできたトビウオを
刺身にして食べるのが、
ささやかな楽しみだった。』
『痛む足を引きずりながらのマラソンは、
まつげも凍てつく氷点下19度の厳寒地から
灼熱の砂漠まで。
気温50度を超えると現地のコーディネーターから
「走るのをやめてください。私が死んでしまいます」
と懇願された。』
『最大の試練は、昨年1月公表した前立腺がん。
「ここで終わるのか。ひょっとしたら死ぬのか…」。
妻の光代さんからは帰国を勧められたが、
米国での治療を選んだ。
出発前、両親に、
「亡くなっても帰れないから、元気でいてくれ」
と話した。
ゴールまで、消して日本に戻らない覚悟だった。』
【こちらの地方紙朝刊1/5付、『ひと』より抜粋。】
すごい。。。
ただただ、、、すごい。。。。
私が抱える辛さなんて、
くっだらない・ちっぽけなものだな、、、って。
《極限》に、、、
生と死の挟間に、、、
自ら
突き進んでゆくんだもの。。。
凄い、、、、、凄い人だ。。。。