以前母校のオープンキャンパスでアートセラピーの講習を受けた。
目的は臨床美術士という資格をとるためのものだ。
その頃とくにやりたい事もなく、人の為になりそうだし「
まー資格でもとってみるか~」てな具合だった。
心の中にアートでアプローチをかけ、一部の人がやや忘れかけてしまっている「楽しい時間」を呼び醒そうというものだと認識した。
もともと自分の好きなアート制作なのだけど、展覧会活動のような発表の場があるととかく気難さが現れて「いい作品を創らなくちゃ!」「これは恥ずかしい出来だ;;」とか、ネガティブな感情が支配して、気がつけば逃げ出したい気分に追い込まれてしまう。
でも、このセラピーはとくに優劣の結果を出そうというのでなく、目的はいかに気分をその目の前の課題にストレートに反映させるかしか問わない。
簡単にいえば、受ける側は夢中にやるだけでいい。
その時間をサポートするのが臨床美術士の役目。
で、一通りの講習を終えた後、ふと、「あー、これが欠けてたんだなー。。自分。。」
やりたい事がなくなったのではなく、自分の感情がそれをつまらなくしていた事に気がついて、なんだかため息がでた。
失敗を怖がらず大いに何かを楽しみたい。

資格をとるという本来の目的よりも、結果的に自分にとってはもっと貴重な
閃きをくれた時間だった。ただ、それに気がつかせてくれたということは、やはりとっても素晴らしい仕事であることに違いはなく、、、
うーーん。。。

目的は臨床美術士という資格をとるためのものだ。
その頃とくにやりたい事もなく、人の為になりそうだし「
まー資格でもとってみるか~」てな具合だった。心の中にアートでアプローチをかけ、一部の人がやや忘れかけてしまっている「楽しい時間」を呼び醒そうというものだと認識した。
もともと自分の好きなアート制作なのだけど、展覧会活動のような発表の場があるととかく気難さが現れて「いい作品を創らなくちゃ!」「これは恥ずかしい出来だ;;」とか、ネガティブな感情が支配して、気がつけば逃げ出したい気分に追い込まれてしまう。
でも、このセラピーはとくに優劣の結果を出そうというのでなく、目的はいかに気分をその目の前の課題にストレートに反映させるかしか問わない。
簡単にいえば、受ける側は夢中にやるだけでいい。
その時間をサポートするのが臨床美術士の役目。
で、一通りの講習を終えた後、ふと、「あー、これが欠けてたんだなー。。自分。。」
やりたい事がなくなったのではなく、自分の感情がそれをつまらなくしていた事に気がついて、なんだかため息がでた。
失敗を怖がらず大いに何かを楽しみたい。


資格をとるという本来の目的よりも、結果的に自分にとってはもっと貴重な
閃きをくれた時間だった。ただ、それに気がつかせてくれたということは、やはりとっても素晴らしい仕事であることに違いはなく、、、うーーん。。。
