明日で震災からちょうど一週間。
仙台で被災した知人の日記です。(一部省略しています。)
毎日の報道で、二次災害・三次災害による 津波・原発・放射能・・・
これらの報道に涙したりもしましたが、そんなもんじゃなかった・・・。
被災地の方々の不安を思えば、こんな不安感など、、、と思っていましたが
知人のこの日記を読み、
胸がつぶれるような気持ちになりました。
もし良かったら読んでみてください。
ちなみに、私はこの日記を読み、
絶対に、負けない!!と思っています。
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『被災地 仙台からのメッセージ』
(前文 省略)
今回の地震。みなさんの想像を絶する揺れです。
私は勤務地である高層ビル最上階の23Fにいましたが、
免震の為、地上の○倍は揺れ、その一瞬は「もうダメだ」と感じました。
大きな揺れの後の事務所は全てがグシャグシャになり「崩壊」でした。
通信会社の社員であるがゆえ、
事務所の復旧、顧客対応など震災直後からほぼ不眠不休の生活が続いております。ライフラインは水・電気が復旧したおかげで「お湯」を作れるようになりましたが、食料品を買いに行ける暇もなく、もちろん風呂にも入れず、備蓄の菓子や水を中心に凌いでいる状況であります。
仙台でさえも「店という店」は閉店状態。
電気が復旧していない場所は自動販売機でさえ非稼働です。
ただ、、、、
海沿いの市、町は被災した自分でさえも想像を絶する景色でした。
地震、津波での傷跡はTVを通しての映像で目に入るけれど、
それはごくごく一部。
普段見慣れた賑わいのあった市や町が廃墟となっているのです。
想像できますか?
潰れた家、原型を留めないほどグシャグシャな車。
隆起した道路。人が消えた町。
物資が手に入らない
燃料もない
寒い
暗い
悲惨な状態は深刻です。
頻発する余震、原発の影響に怯えながらの生活で
被災者は心身ともに疲弊している。
まさか自分が。。。
被災してわかること。
人はライフラインを失うと何もできなくなる。
当たり前の日常を当たり前と思っている人がいれば
その当たり前の日常を過ごせていることを幸せに感じてほしい。
纏まらない文章を書いてしまった。
伝えたくても伝えきれない。
今日は景色を見ただけで悲しみが溢れ涙が止まらなかった。
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『被災地 仙台からのメッセージ 2』
震災の被害の大きい海沿い、石巻市に行ってきました。
被災し津波で家を失った社員(女性)2名を親元に送るために。
以前から知っている石巻市は様変わりしていました。
今日は雪が降り、気温も低く、全てが流された人々はライターさえもなく
暖をとる術もほとんどない状況の中、家族を捜し回っている。
瓦礫の山と損壊した車が散乱した道のあちこちで
そんな光景を目の当たりにしました。
家族の安否が確認できた避難所に送り届けた時、
ご両親にかける言葉がでてきませんでした。
家も、移動手段も何もなくなってしまっていたので
できる限りの支援物資も受け渡しましたが、
雪降る寒さの中、「ありがとうございました」と深く頭を下げる家族の元を去る時、、、、
自分の無力さを痛感した。
被災地、避難所を自分の目で見た光景は一生忘れないだろう。
みなさんが無事でありますように。
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