先日職場の子持ちの先輩が離婚を考えていると話していました。
その際に先輩はこう言っていました。
「結局父親に似ている旦那を選ぶ説はある、離婚したお父さんとそっくりだもん、旦那」と。
私はこの話を聞いて絶望しました。笑
なぜなら、私はいまだに反抗期なのではないかと思うほど父親とまともに話すことができないからです。
もともと父のことが苦手なのには母親の影響があると思っています。
これまで、母からの厳しいしつけの話などしてきましたが、それでも私と母は昔から仲良しでした。
学校のことや、部活のこと、恋人のこと、仕事のことなど…
女友達と話しをするような感覚で色々な話をします。
そのなかで、母は父のことを昔から悪く言います。
「あいつほんとに嫌なの」「あいつなんで帰ってくるの」等々。
そういう話を聞いているうちに私も父へのフィルターがかかるようになっていたのだと思います。
と、こんな話をしてしまうと、
昨日までのすべては自分が選んだ結果、自分次第という話を否定することになってしまう気もしますが・・・
少なからず母の影響はあると思っています。
そんなこともあり私はいまだに父のことを好きとは思えません。
酔うと絡みがうざく、人を馬鹿にする傾向があります。また、酔った状態で起こると手をつけられなくなることもあるし、
働くようになってから、父自身働いているにも関わらず「あれが欲しい、これが欲しい」などお金をせびられることもあります(実際には一銭も渡しませんが…)
そのため、前述の先輩のいう「父親に似た旦那を選ぶ説」は私にとって絶望でしかありませんでした。
正直、先輩のその話を聞いたときにかなり落ち込みました。
そんな話を友人にしたところ
「その土地で育ったからって、じゃぁその土地の言葉しか話せないのか?
要は相手の嫌なところを、手身近な嫌いな人のせいにしているだけ」と言われました。
私が初めての就職先は意地悪な先輩の多い救命センターでした。
しかし、そこで看護師として育った私がその先輩たちと同じような看護師になっているかと言われたらそうではない。
すべては自分次第。
哲学でいうと、
あまねく人の「現在」が「過去」の出来事により規定されるのはおかしい。
両親から虐待を受けて育った人は、みんな同じくならないと辻褄があわない。
私と同じように、両親の仲が悪く、父のことが嫌いな人がみんな同じような家庭を築いているのかと言われたらそうではない。
以前のブログにも書きましたが、すべては自分次第。
アドラー心理学的にいうと、
「悪いあの人」と「かわいそうな私」ではなく
「これからどうするか」ということを考えることに時間を費やすべき。
周りの物事や人への悪い感情は素直に認めて、でもあの人も私も悪いわけではないことを心にとめて。
私はかならず幸せになると信じています。そうなる価値もあると思っています。
自分を幸せにしてあげられるのは自分。
巷でよくきく父親に似た人を選ぶ説を真っ向否定し、私は私で自分の思い描く幸せな家庭を築いていきたいとおもいます。
…っとその前に相手をみつけるところから始めなければ!!笑