「雑草とは、その美点がまだ発見されていない植物である。」
by ラルフウォルド・エマーソン

今日はマーケティングというより精神論の話になります。
『日本人は何故日本という存在に自信を持たないのだろうか。なぜ外国のものは尊重し、日本のものは卑下するのであろうか。歌麿や北斎、写楽も逆輸入されて初めて尊重されるようになったが、この見識の無さはどういうわけだろうか。悲しい国民性というしか他はない。』
これは黒澤明監督が亡くなる前に自伝の中に残した言葉です。
日本人は、なぜか自分の持っている物に関して自発的な自信を持つ事が少ないように見えます。
外国の文化は何でも良い物と認めてすんなりと受け入れるのですが、自国の文化を意欲的に外に発信しようとしないのです。
しかし何かの拍子で日本の文化が高く評価され、世界中で認められるような存在になると、”それ見たことか!”と言わんばかりに大きな自信を持つのです。
この話をすると、同時に2009年の麻生内閣の時に起こった出来事が同時に思い出されます。
当時、麻生首相は117億円の予算を投じて日本のマンガやアニメ、ゲームなどの文化の保存や発信を目的とした、「国立メディア総合芸術センター」の建設計画を打ち出しました。
しかしながら、当時は国会内やマスコミから「国立のマンガ喫茶だ」、「なんで国が先頭に立ってそんな事しなければいけないのか」と猛烈な反発を受け、結局その後の政権交代を受けてこの話は撤回となりました。
確かに財政の苦しい時に巨額の投資をして新たな箱物を作るという事に関しては反対意見が出ても仕方がないと思いますが、マンガやゲームという今や日本を象徴する文化を国全体で盛り上げていく事は絶対に必要だと思います。
しかし当時は何故かこれを「ちゃんちゃらおかしい話だ」と言わんばかりに頭から否定されたのです。
今や「ドラえもん」や「北斗の拳」などは数十カ国で翻訳されて世界中でたくさんのファンを持つまでになり、ヨーロッパのプロサッカー選手のほとんどが翻訳された「キャプテン翼」に影響を受けたと言っており、スタジオジブリのアニメ映画がハリウッドでオスカーを受賞して各々の作品がとても高い評価を受けている・・・のにも関わらず。
現在、日本のマンガ文化に対する海外の評価はさらに上昇しています。
おそらくあと数年後、同じような「国立メディア総合芸術センター」の建設計画が出てくれば違う結果となることでしょう。
国レベルの話になってしまいましたが、もっと小さく、皆さんの街レベルにしても同様の事が言えます。
どの街でも、「うちの街はこれと言って売りになるような事がないなあ。隣町はたくさんの観光資源を利用してまちづくりをしているのに・・・」なんて声がよく聞かれます。
ですが、そんな街でも外部の人間である我々が眺めてみると、魅力的な場所や工芸品、その土地独特のグルメなどが沢山見つかったりするのです。
「隣の芝生は青い」という言葉があります。
しかしそれは誰しもが思うことです。他の地域の人から見れば、あなたの芝が青く見えているはずです。
「自分の芝生も負けず劣らず青いのだ」という事。
まちづくりにはこの自信が絶対に必要です。
<ラルフワルド・エマーソン>
1803年生まれ。アメリカの思想家、哲学者。18歳でハーバード大学を卒業し21歳までボストンで教鞭をとる。 その後ハーバード神学校に入学し、伝道資格を取得して牧師になる。 自由信仰のため教会を追われ渡欧。帰国後は個人主義を唱え、アメリカの文化の独自性を主張した。