昨日から始めたブログですが、機械が苦手なので少しずつ更新できればと思います。
このブログは、日記の様な形では無く、日々生活の中で受け取ったレスリングに関する事柄を書きます。
はじめにといったらなんですが、自己紹介がてら僕が何故、プロレスラーを目指す様になったかを書きたいと思います。
僕は1993年に産まれました。父がG1クライマックスを優勝する約一ヶ月前でした。
僕が記憶する一番古い試合は1998年4月4日のアントニオ猪木さんの引退試合の東京ドーム大会です。当時僕は4歳でしたが、この日の事は何故か鮮明に覚えています。
あの日、僕は母と姉と客席にいました。勿論、猪木さんの引退試合を観に行ったのですが、藤波家にとっても大きな意味のある一日でした。父が44歳で久しぶりにIWGPヘビー級のタイトルに挑戦するからです。
僕がプロレスを身始めた頃、父親は既にベテランのレスラーでした。小さいながらに父親の仕事を漠然と理解していましたが、決してハッキリと認識していた訳ではなかった様に記憶しています。
しかし、4月4日のドーム大会で、
「僕のお父さんはプロレスラーだ!」
と鮮明に認識しました。
そして、師匠である猪木さんが引退する日に父親は六回目のIWGPヘビー級のチャンピオンになりました。又、二度と見る事が出来ないとされていたジャーマンスープレックスホールドでの勝利でした。
レフリーに勝ち名乗りを受ける父にむかって何万人という人々が、立ち上がり、名前を叫び、熱狂していました。
あの日、確実に僕の中で大きな心境の変化がありました。
「お父さんと同じ様にあの花道を歩きたい。」
これが最初のプロレスラーを目指すきっかけとなった気持ちでした。
その日から僕の頭の中はプロレスで一杯になりました。漢字はプロレス雑誌で覚え、父の試合などをビデオやDVDで沢山見る様になりました。僕はあの日から今日の今まで、ずっと大好きなプロレスを見続けてきました。どの時代のプロレスも大好きで観てきました。それ位、僕にとってプロレスは大きな存在なのです。
僕の父親はプロレスラーです。父の背中を観て、プロレスの厳しさ、素晴らしさを僕は学びました。
あの日の気持ちに忠実にいたい。そんな気持ちから去年、マイクを通して父に直訴をしました。
今、僕はプロレスの基本を学んでいます。父が通った道を辿る事はとても難しくもあり、幸せなことです。この先、待ち受けるレスラーとしてのキャリアを少しでも素晴らしいものするためにも、今の時間はかけがえのないものです。胸を張ってプロレスラーを名乗れる様に精進します。
そして、いつの日か父がそうであったように、多くのものを与えてくれたプロレスに対して恩返しが出来るようなプロレスラーになりたいと思っています。