数年前から愛用しているノートがあります。
そこには、欲しいものリストを書いています。
買い物をする時には色々と比較検討をしてから決めたい方です。
と言うのも、やっぱり家のスペースには限界があるからです。
あれもこれも、と欲しいだけ買っていると、整理が本当に大変です。
収納ケースやタンス、クローゼットもこれ以上は増やせそうにありません。
しかも、自分がなかなかものを捨てられないタイプなのでどんどん増えていってしまいます。
あまり着ていない服や持つことのほとんどないバッグも定期的にメンテナンスをしながら持ち続けています。
靴なんてもっと手に負えません。
とにかく、場所をとるんですよね。
しかもいいな、とぐっとくるのはヒールの高い靴ばかりです。
普段は滅多に履くことがないので、もっぱら観賞用として眺めて過ごしています。
靴って、本来は実用度の極めて高いものだと思うのですが、私が持っている靴の大半はほとんど履いていません。
もちろん、室内で試し履きをすることはあります。
良い靴は、足の裏に心地よくフィットする感じがあって、背筋がピンと伸びます。
こんな靴が似合う自分にいつかなりたいな、と気持ちが引き締まります。
夏が終わって町が秋色に染まり始めています。
私にとっては、ショッピングの秋に突入してまいります。
とりわけ冬物のアウターは毎年とっても欲しくなってしまいます。
ボリュームがあるので、年に2枚くらい、とは思っているのですが、難しいです。
ムートンが暖かくて大好きですが、いい状態を保持するのには気を遣います。
基本的にホームクリーニングは不可能なので、専門の業者へお願いすることになります。
バニラホワイトの優しい色味が好きなので、汚したら目立ってしまいます。
業者にクリーニングに出しても限界があるので、今ではやっぱり黒っぽいスレや小さいシミが出来てしまっています。
ただ、革製品本来の良さはよく出ていて、味のある仕上がりになっています。
自分がきっとためになると信じてきたことが、実はそうでもなかった体験があります。
気づかせてくれたのは主人です。
独身の頃は、とにかく情報を集めることに一生懸命でした。
友達との話題について行けないのも嫌だったし、色んなことを知っているのが嬉しくもありました。
確かに時々、疲れることもあります。
ラジオ、読書、テレビ、新聞など今考えるとどうしてあんなに必死に情報を得ようとしていたのかな、と思います。
主人は私と歯全く逆のタイプです。
駅前でフリーペーパーが配られていると、わざと避けて通り抜けてしまいます。
どうしてもらわないの?と聞くと、逆に貰う理由がわからない、という答えが返ってきます。
不必要な情報を得ることが自分にとって害だと感じているみたいです。
私にとってはすごく不思議な感覚です。
情報に良いも悪いもなくて、とにかくものを知ることは良い事なんだって信じていたからです。
よく考えると、主人は倹約家なんです。
だから、広告を目にするのが特に嫌みたいです。
たとえフリーペーパーであっても、何かを買わせるための情報を受け取ってしまうと警戒している様子です。
私はどちらかと言うと浪費家かもしれません。
暮らしが豊かになるものや便利なグッズを買うのは自分にとって価値があるって思うんです。
価値観の違いですね。
こんなに価値観が違うのに、夫婦でいるのも変です。
でも、考え方が全然違うからこそうまくいっているのかもしれません。
彼はパンツも2枚あれば十分なタイプです。
自分一人ならそれでもいいかもしれませんが、子供がいるとそういうわけにはいきません。
子供が小さいうちは一日に何度も着替えることがあります。
汚してしまったり破れてしまったりも珍しい事ではありません。
そういう時には、私が以前に買っていた下着などのストックが役立ちます。
主人の下着ももちろん、大きめのサイズでストックしてあります。
激務のせいで深夜に食事をとってビールを飲むので、お腹がどんどん出てきています。
時々思い出したかのように、ある音楽とか歌が思い出されこれってどういうタイトルだっけという事があります。なかなかタイトルとか思い出せない時に探すのは難しいわけで、いまなら鼻歌でも曲を探せるというサービスがあるらしいが、使ってみようとは思わないわけであります。
そこまで、探して買うわけじゃないし、何なら5分後には忘れてしまうような出来事でありますから…そんなツール(サイト?)を使う必要もないし、ましてや鼻歌で他の人(まあそのほとんどは家族なんだけど)に聞かれてもばつが悪いんです。
そういったわけで、なんとか検索したり、Youtubeで歌手名で検索したりします。
この間は、曲は良く知っているのだがタイトルが思い出せずにいたらそういえばLEvisのCMで、流れていたしスイングガールで使われていた曲だなと思ったので、Youtubeで検索(以前は良く聞いていたしCDも持っていたのですが、探す方が随分大変なので・・・)してみました。
そうそう、ヒプスターイメージのMake her Mineで、有名な曲ではありますが多分ヒット曲はこれ1つなわけでグループ名はちゃんと出てこないんですね。
あの当時に使われていたCMも出てきましたし、そのCMで出ていた女優もジェニファー(…なんだっけ?)も可愛くて脚が長くて随分スタイルも良かったんだなと認識させられましたね。
似たようなこの手の曲で良く忘れがちなのが、タモリ倶楽部で良く使われているあの曲Short Shortsであります。こちらはタイトル曲はすぐ思い出すのにグループ名は思い出しません。ロイヤルなんだっけ?って感じに…、こうやって歌手やグループはそれほど認識がなくてもある1,2曲だけが妙に印象強いものはわりと忘れがちですし、調べるのに苦労するもんです。もっとも、前述の2曲は例として不適切かも、というのは結構有名処でキーワードも見つけやすいし、曲自体見つかりやすいものです。中には、タイトルと歌手名がわかっているのにどこを探しても見つからないというのもありますからね。
9月の中旬に来た台風は、私の住んでいる地域に大量の雨を降らせました。
家の前に池ができるほど雨が降ったのですが、台風の後は強い風が続き、庭の菜園や花は倒れてしまいました。
天候が回復した後の庭はさみしい風景に変わりました。
さて、一雨ごとに寒くなる秋ですが、この台風のあと、一週間後くらいで、朝露がうっすら白くなるくらい寒くなってきました。
私は毎朝、3時ごろに起きるのですが、最近は星が良く見えるようになってきました。
理屈は良くわかりませんが、寒くなると星の光がはっきり見えてくるのです。
いつも同じ時間に起きているので、毎日見上げる星の星座も変わりました。
最近は起きてすぐ南の窓から見える星座がオリオン座に変わりました。
雪景色のなかで見上げる星もきれいですが、季節の移り変わりの秋の星もきれいです。
肌寒いので体がまだ夜の寒さになれないせいか、秋の夜空を見上げるのは、個人的には冬よりきついと感じることもありますけどね。
最近は9月だというのに朝、ストーブをつけています。
たいては10月末までストーブを使わないのですが、今年の寒さは例年より早くやってきた気がします。
私の住まいは農村部なので、生ごみは自宅の敷地に穴を掘って埋めているのですが、土が凍る前に冬用の穴を掘らなければなりません。
毎年、10月中旬から下旬にかけて、冬用の穴を掘っていましたが、今年は早めに掘らないと雪が降ってしまうかもしれないな、と心配になりました。
庭の梨の木の実はまだ熟していないのに、こんなに早く寒くなると大きくなれないなぁとも思ってます。
そういえば、今年の夏は例年よりも最高気温が高くて暑かったなと思い出しました。
すんごく暑くて、早く寒くなるなんて、今年の気候はいつもと違って厳しかったなと振り返りました。
なんだかんだと言って、今年も数日で残り3か月です。
昨年末に飼っていた犬が病気で亡くなって、まだ日が経ってない気がしていましたが、もう1年たとうとしています。
急に寒くなるのが早かったせいか、今年はあっという間に時間が流れた気がしました。
夏で暑くなったのと、母親につくってもらったとろろごはんが懐かしくて、食べたくなったので作ることにしました。
しょうゆ10mlとみりん10mlと白だし少しと水40mlを入れた鍋を少し沸かしました。
長いも半本分を皮をむいてすりおろしました。
だし汁が冷めたら、すりおろした長芋の中に、少しずつ混ぜてかき混ぜました。
温かいご飯の上にかけて、ねぎを散らしました。
とろっとしていて美味しかったです。
だしも効いていました。
ゴーヤの天ぷらは、母親からゴーヤをもらったので、作ることにしました。
小麦粉100グラムと水100mlと卵1個を入れて混ぜました。
片栗粉と小麦粉と水だけで衣をつくるものもありましたが、卵入りで味が付くかなと思って卵入りのレシピにしました。
これに少し片栗粉を入れるだけですごくさくさくするということでしたが、今回はチャレンジしてみませんでした。
ゴーヤは2本を半分に切って、種とわたをスプーンで取り除いて、1センチ幅くらいに切ってから小麦粉をまぶしました。
衣の中に入れて絡めて、170度くらいの油で揚げました。
てんつゆは、醤油とみりんとだし汁を沸騰させて作りました。
いつも天ぷら粉を使っていましたので、天ぷら粉より味はしませんでしたが、
カリッと揚がって美味しい天ぷらになりました。
大根の辛し醤油和えは、売っていた料理の本でみつけて、美味しそうだったので、つくってみようと買わずに(笑)インターネットで調
べました。
大根10センチ皮をむいてを5ミリ×5ミリ×4センチに切りました。
ボウルに入れて、塩小さじ半分を振り混ぜ10分おいてしんなりさせました。
別のボウルに、練りからし小さじ半分と醤油大さじ2、酢大さじ1、砂糖少々を混ぜ合わせました。
ペーパータオルで水気を拭いた大根をボウルに入れて、味を付けました。
その日につくったのに前の日からつくっていたようにしっかりと味がしみこんで美味しいものでした。
味が濃くておつまみにもよさそうでした。
私が今注目している曲が、かつてフレデリックショパンが作曲した「幻想即興曲」です。この名曲は、アニメやゲーム、映画、ドラマなど多彩な分野で使用されており芸術的な世界観をよく表現できた名曲だとわたしは思います。よくベートーヴェンのピアノソナタ「月光」とよく似ていると揶揄されることもありますが、個人的にはこの曲があるからこそベートーヴェンの「月光」も映えるものだと感じます。聞き比べてみると確かに弾き始めがどことなくベートーヴェンの「月光」と似ているようにも感じますが、こうしたことをいちいち気にしないことが優れた芸術家や作曲家として大事なことなのではないかと感じます。この曲には優雅に踊るような曲調でありながらどこか悲しみのような切なさのような何とも言えない気持ちの表現ができていると思います。個人的に感じるのは情熱的であり女性的な楽曲であるように感じます。人よりも優れた部分もなくごく平凡な人生でも光輝けるところが必ずあるとそう感じさせるような楽曲であるように感じます。物憂げながら要所要所で女性的な美しさを感じさせる楽曲だと思います。流れるように弾く楽曲なのでピアノで弾く場合、初心者にはちょっと難しい曲のようにも感じますが、うまく弾けるようになると達成感のある楽曲のようにも感じます。
作曲したショパン本人はあまりいい出来だと思っていなかったのか自分の死後に楽譜を廃棄してくれと頼んだほどの作品でしたが、これほどまで魅力のある作品をなぜ処分しようとしたのか疑問に思います。結果的に「幻想即興曲」はショパンの友人で会ったユリアン・フォンタナによって発表されたのですが、そうなるまでの経緯も個人的に気になるところです。今現在で発表されている「幻想即興曲」はいわゆるフォンタナ版でフォンタナ自身が独自に改変したものだといわれているようです。できれば一度会って改変される以前の「幻想即興曲」も聞いてみたいと思いました。
