壮絶悪阻体験 | HANTAN半分コ。

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孔脳症•ウエスト症候群の娘との日々。。。

マイノリティーでも気にしない♫
自分の速度で!

面倒臭がり屋のenid(母)とHANTAN(娘)と、たまにHANTAN父のお話。 

恐らく私の体内に娘が宿ってまもなくから、ずっっと悪阻でした。
しかも産後二ヶ月間は悪阻が残っていました。

妊娠が判明した時は既に、固形物は食べれず。体重も5キロ程減っていました。

私の悪阻の最もたる症状。 それは、嗅覚•味覚異常でした。
もともと、嗅覚も味覚も敏感な方だとは思います。   しかし、悪阻の時は常軌を逸していました。
良い匂いも。不快な匂いも。全てが百万倍濃く感じる上に、至近距離で嗅いでいるかのような感覚に襲われました。水が苦い。味が食べれない程濃く感じる。。。

珈琲とみかん

この二つの匂い以外。
この世の匂い全てが、私にとって悪臭でした。

異変に気がついたのは、日常のチョットした事でした。

職場のロッカーが黴臭く感じる。
いつも行くドラッグストアで、匂いのテスターが苦痛に感じる。

最初は、このくらいのレベルでした。

しかし、日を追う毎に嗅覚と味覚は研ぎ澄まされ。
今思えば、あの恐怖の二ヶ月間の私は発狂していたと思います。

経済的な理由から、最初は我慢して働いていましたが。
この地点で、仕事が出来るレベルでは無く。(椅子に座っている事も出来ない)  職場への迷惑さを考慮し退職しました。   退職した次の日から、緊急入院までの二ヶ月間。
この時間は、今考えても恐怖でしかありませんでした。

固形物が食べれなくなり。
飲み物を飲んでも即座に嘔吐。
風呂に入れば、排水溝の匂い。湯気の匂い。浴槽の匂い。パッキンの匂い。コーキングの匂い。
シャンプーの匂い。ボディーソープの匂い。
それら、全てに耐えられず。風呂場でも嘔吐。

結果、それ以降の二ヶ月間。風呂には入れませんでした。

口の中に物が入ると、凄まじい不快感で嘔吐。

結果、歯を磨く事が出来なくなりました。 歯磨き粉も耐えられない程、苦く感じました。

二ヶ月間。
ベットに横たわって、息をしているだけの時間。
寒くても、ストーブの匂いが苦痛で毛布にくるまり。
毎日、洗面器に三杯。血と胃液を吐き。最終的には、胃液も涸れ膵液を吐いた。
自分の胃液と膵液で、食道や喉は灼けただれ呼吸すら苦痛になった。
この頃から、ベットに寝る事も出来ずベットに一日中座っていた。
おしっこは1日一回。最後の方はおしっこすら止まっていた。
勿論、うんちは出ません。
毎日、自殺することばかり考えていました。 しかし、この頃には死にたくても自力で動けず。
死ぬ事も出来ず。
日々、精神的に追いつめられて行きました。
『五ヶ月まで、あと22日。。。』
『五ヶ月まで、あと21日。。。』
毎日、五ヶ月までのカウントをするだけの日々。

こんな状態でも、私は我慢を続けてしまった。
理由は二つ。
一つ目は、最悪でも五ヶ月まで我慢すれば解放されると思っていた。他の妊婦も同じく悪阻を我慢していると思っていた。

もう一つは、主治医が取り合ってくれなかった。
検診時、必死に『悪阻が辛いのですが。。。』と、訴えた私に対して医者は、私の方すら見ず

『悪阻ってそういうもんだから』

と、言い切り。そこで、会話は終わりました。

結果、30キロ近く体重は落ち。
自力で立つ事も困難になり、髪の毛は抜け落ち。
両膝には、床ずれが出来。
腎臓と肝臓が壊れかけ。栄養失調と重度の脱水症状。
滅茶苦茶な状態の血液。(白血球の数値が白血病の症状と同じ数値だったそうです)

二ヶ月、死ぬ気で我慢してこんな状態になってしまいました。

緊急入院後、個人病院から大きな病院へ緊急転院。

そこで、私とお腹の中にいた娘の命は助かりました。
沢山の、代償と引き換えに。

悪阻には、適切な処置が絶対に必要です。
病気では無いかもしれない。
けれど、間違った認識で命を落とす事もあり得るんです。

二つの命が。

根性論も精神論も。悪阻には必要ありません。   休んで良いんです。
赤ちゃんからのメッセージなのです。


次回は、尋常じゃなく楽しい入院生活編に続く。。。