月子さんの「最果てにサーカス」を読みました。

 

 

 

 

 

 

 

まず残念なお知らせから。これ三巻で終わりです。調べたところ打ち切りだそうです。第一話の冒頭で過去を語る感じの形式のため、第一部完結、という体にしたそうです。夢喰い探偵のときといい、いい作品が早く終わるのは残念でならない……。

 

 

 

 

 

 

たった三巻なので読みやすいですよ。打ち切りといっても私は面白いと思いましたし……似たようなことをそれこそ宇都宮アイリの帰還の感想で書いたような。

 

 

 

 

 

 

あらすじ――作家を志す青年小林秀雄はあるとき天才詩人、中原中也と出会う。二人の出会いは互いに影響を与えていく。実在した人物を描いた大正ロマン。

 

 

 

 

 

 

この作品のよさを一言で表すなら、洗練された空気、でしょうか。この作品は面白さ以上に空気感を大事にしたい。大正時代のロマンチストたちによる思い思いの自由な生き方。それが本当に羨ましい。彼らの自由奔放さに憧れるも、私は彼らほどの才能を持ち合わせていない。花見をしながら日本酒を飲み、作った同人誌を片手に喜びをわかちあう。そんな冊子も中也によって簡単に引き裂かれる。激動の時代の中とはいえ、中也と秀雄は文学にしか追われていない。最高の作品を生み出すことしか考えていない。そんな彼らが羨ましい。彼らが生きている世界の空気を私も吸いたくてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

そして彼らを取り巻く環境は、同じように文学の道を歩む富永太郎がいる。彼はすでに体が悪く、命はもう長くない。そして中也の恋人である泰子。秀雄は泰子に惹かれていく。富永さんには悪いんですけど、正直すっごく羨ましい。周囲にそういう人がいて、好いた人を取り合って、そんな間柄なのに文学のことで酒を飲みながら語り合える。そんな彼らが羨ましくてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

そうです、この作品は私たちに羨望させる作品なのです。毎日が楽しくて充実していて、好きなことに没頭して、恋人のためにシベリアを買って、びわを盗んで(盗みはいけませんよ)。

 

 

 

間違いなく誰もが今の時代が一番いいと言うはずです。平成時代ですら、二十世紀には携帯電話も普及していなくて、パソコン画面は古く、今とは比較にならない不便さで溢れている。大正時代なんて言ったらもっとそうです。なのに彼らはかなり幸せそうなんです。私よりもずっと充実して見える。

 

 

 

 

 

 

この作品が打ち切りになった理由は何となく思うものもありますが、じゃあどういった人が好きになるのか。思うに、まず彼らの生活を純粋に羨ましいと思うこと。一つに彼らのような創作に励むもの。一つに語り合う仲間がいないこと。

 

 

 

 

 

 

最果てにサーカスを読むにあたって羨ましいという言葉は不可欠でした。それを思えない人はこの作品を楽しく読めないのかもしれません。もしロマンを求める方がいらしたら教えます。この作品のどこかに、あなたの求めるものへの道筋があるかもしれません。