昔話をしよう


僕らには遍くそんな話があるだろう


誰もが思い出の上に立っているとして


その堆積が僕らを象っていると思うと


たまに吐き気がするんだよ


今日もまた診察室の戸を叩く人達が


それぞれの人生を携えて僕の前に


尊い時間の積み重ねと思うけど


ありふれたありふれた


そんな物だと思えば


結局のところ価値なんてないんじゃないか


世界の広さを見誤ったまま


心は酷く拡散して


なにか大切な物を見失っているような


そんな気がするんだ


「灯台下暗しだね。」


少年だった頃の僕の声が


脳裏で響く


雨ばかり降った6月だった


14歳の春


僕は親の仕事の都合で転校を経験した


新しい中学のみんなはとっても優しかった


以前の中学は坩堝という感じがして


良くも悪くもそれぞれ個性的だったが


転校先ではあまり人の区別がつかなかった


話しかけてくれる人みんなが同じ人に見えて


たった30名弱のクラスメイトの顔を覚えるのに


ひと月位かかってしまった


そんなところもあって


特定のグループに属すというような機会が


当時の僕にはなかった


今までのクラスの中はなんとなく


活発な男子グループとか


ませた女子、大人しい子たち


あのゲームが好き


家が近所


なんでもいいけど派閥があって


自分に合った場所を選べた気がするけれど


そこではそれが分かりづらかった


そんな風に


そこはかとない違和感を抱えたまま


窓の外は梅雨を迎え


校庭には毎日のように雨が降り注いだ


窓際最後列という


素晴らしい席を与えられた僕の記憶は


雨、雨、雨ばかりだった