四阿に射した朝陽で目を覚ました

正確には猫に起こされたのだが

ひなたぼっこがしたいらしい

野良猫はいい

俺のように汚くて

俺には無い可愛さがある

残雪が泥に汚れて汚い

あんなに儚く舞い落ちる白の結晶も

こうなってしまうと

見窄らしくて嫌気がさす

俺の世界はいつだってそういう

出来損ないで構成されている

完璧なものなんて存在しなくて

全てのものがなんらかの欠陥を抱えている

それなのに人は時たま

そのことを忘れ

自分の欠陥を棚にあげ

人の欠陥に苦言を呈す

なんて浅ましい

ほら、こんなふうに

小学校の時計台は八時を指していた

平日ならこの辺は

ランドセルを背負った子供たちがいるのだが

今日は日曜日

静かな朝だ

公園で迎える朝

とにかく腹が減った

風呂に入っていないせいでそこら中が痒い

そしてまだ朝は冷える

ぶるぶる震えながら

蛇口の水を飲んだ

俺が生まれ育った街

その姿は昔とほとんど変わりがなかった

かつてニュータウンと呼ばれたこの街も

人口減少とともに開発は止まり

今や老人の街と化しているらしい

なんでこんなところに来たんだろう

居場所なんてもうどこにも無いのに

とぼとぼと通学路を辿っていく

何千回と通った通学路

遊びに行った友達の家

秘密基地を作った雑木林

朧げに思い出されるそれらが

忌々しくなるほどに俺には何も無い

この心の虚無をどうすることもできない

思い出で腹は膨れない

閑散とした道路沿いをただ歩くと

一軒の中華屋があった

どうしようもなく腹が減った

暖簾を潜ると老夫婦ぽつんと

厨房でテレビを見ていた

「ああいらっしゃい」

80くらいのばあさんが対応する

「こんなときに珍しいねえ。」

こんなときというのは

朝早くということか

それとも日曜日か

わからないがどうでもよかった

「ラーメンとチャーハンと餃子を」

「はいよ。」

「ああ、大盛りで頼む」

薄汚れた液晶テレビはニュースを読み上げる

「あの人気アイドルが拉致されました」

また物騒なニュースだ

「犯人はいまだ逮捕されていません」

「最近はこういう事件が多いねえ。」

独り言か微妙な声量で婆さんがいう

おれは無視した

運ばれた料理をとりあえず腹に畳み込んで

俺は店を飛び出した

食い逃げだ

どうせ財布の中に金はない

道路を斜め横断して道沿いの林に飛び込む

木の枝で腕の皮が切れたが

そんなのは瑣末なことだ

これでもう犯罪者だ

でもどうせみんな犯罪者だろ?

人を殴ったら暴行罪だし

嘘をついたら詐欺で

どんなボロいビニール傘も取れば窃盗だ

違法ダウンロードや信号無視

そのほかにも諸々

犯罪をしない人間を探す方が難しい

とにかく俺は走っていた

じいさんもばあさんも

店を出てすぐからも

追いかけてくる様子はなかった

でもただ走った

胃の中の中華を掻き回しながら

俺は生を実感していた

林を抜けると見たこともない通りに出た

そこにひとりの少女がキックボードで横切った

長い髪を赤いリボンで一つに束ねて

サッと横切る彼女の髪は地面と平行だった

なんの表情もなくただ横切った彼女は

何処となく美雪に似ていた

もう二度と会うことはない我が子

その名前が

その文字が

その面影が

脳裏をよぎった瞬間

俺の目は故障したかのように

涙を垂れ流した

残雪も溶け切った春の白昼を

美しい雪の結晶が

揺れることなく

俺は夜空に浮かぶ月を思い出しながら

彼女の後を追ったのだった