「はいどうも〜。」

うすら笑いを浮かべて立つ舞台

講堂には疎らな客

これでもいつもよりは多い方だ

乾燥した12月の空気が

喉の奥をザラッと乾かしてくる

口から放たれる声は

俺の身体の中だけで完結して

このサンパチマイクには届いていない

そんな気がする

客は笑っている

でもただそれだけで

彼らはきっと

すぐに俺たちの判別が付かなくなる

全ては暇潰しだ

袖に戻ると同期や先輩が

ベラベラと話している

「いやー緊張したー。」

「お前らウケてたなー。」

「先輩の新ネタサイコーでしたー。」

「あのボケ前の飲み会の時のでしょー。」

繰り広げられる話題に

俺はついていけない

真っ黒になったネタ帳に目を落とす

わざと汚く書いているだけで

整理すれば

こんな大それた見た目にはならないだろう

俺は自分を

井の中の蛙だと思っている

俺がなりたかったのは

ただ舞台に立っている人間ではない

そのはずだ

みんなから期待されて

人気があって

鋭い視点で笑いを生み出して

それが世間で評価される

そんな漫才師じゃなかっただろうか

彼らはただ

漫才サークルの一員を全うしている

俺もそうすりゃいいし

そうするべきなのはわかってる

でも違う

やっぱりあいつらとはつるめないんだ

内輪で閉じてしまった瞬間

多分俺は満足してしまう

誰に理解されなくても

袖に帰ってきたら

無条件に称賛してくれて

ネタのわかりづらい意図も汲んでくれて

そうやっているうちに

このネタ帳も要らなくなって

飲み会で話したことなんかを

面白おかしく纏めて

変な顔をして

そんなふうになってしまうんじゃないか

俺はそんな俺を想像すると

寒気がする

でもそれと同時に

そうなりたい俺もいる

小さな世界

それを甘受して仕舞えば

俺という存在や

過ごしてきた時間を

一度バラバラにするしかなくなるんだ

そして憧れてきたスターたちとの絆を

書き殴ってきた言葉達との絆を

自分のくだらない大それた夢を

無邪気だったあの頃を

裏切ってしまう気がするんだ

もう引き返す度胸も

前に進む方法も

失ってしまった

結局俺は不幸せなまま

何もせず俯き

時間に縛られ

過去に縛られ

未来を狭めたままで

生きていくしかないんだ

なあ

教えてくれよ

俺は一体

何になりたかったんだ?