あなたに何かを教えてくれる輝人をご紹介します

どこをどう通って行ったかわからないぐらいでしたが、どうにか病院に着きました。
息子さんは病院のベットで寝ていました。
医者からは
「今夜が峠です。」
告げられました。

普段は信心していない神様に祈りました。
一生懸命祈りました。
「どうか、息子を助けてください。どうか私の希望を奪わないでください。」
しかし、息子さんの意識はなかなか戻らなかったそうです。
息子さんが入院してから2日目の夜に、いつものように息子の無事を神様に祈っている最中、まだ小さかったころの息子の姿が浮かんできました。

・・・満足におもちゃも買ってやれない中、6歳の誕生日に買ってあげた千代紙を差し出し、
「これで鶴、折って。」
とせがまれて一羽の鶴を折ってあげました。

「ありがとう、かあちゃん。」
目を輝かせて、何度も何度も頭を下げる息子の顔が浮かびました。・・・

「そうだ。好きだった折り鶴を折ってあげよう。」

それからは、病院と仕事場の往復でくたくたになった体を休めることなく、看病の傍ら千羽鶴を折り続けていたそうです。
毎日毎晩。
「ごめんね。ごめんね。本当にごめんね・・・・。」
と呟きながら。

入院から7日ほど経った日、息子さんは奇跡的に意識を回復しました。

「かあちゃん・・・。
夢の中でかあちゃんがきれいな折り鶴に乗って、俺を助けに来てくれた。」
意識が回復しての第一声がこの言葉だったそうです。

数ヵ月後になんとか退院することが出来ました。
しかし、リハビリの甲斐もなく左足には後遺症が残りました。
その脚のせいで、高校卒業後予定していた地元の会社には就職できなかったそうです。
それでも彼は
「かあちゃんに楽させてやるから、待っててくれよ。」
そう言って、ようやく雇ってもらった隣県の会社に単身で勤め始めました。

それから十数年。


「おあばさん。息子さんはお母さんのために今日も頑張っているんですね。」
そう私が話しかけると、おばあさんは少しはにかみながら
「・・・ありがとね。」
そう言って、私に今折り終わったばかりの鶴を1羽差し出しました。
「あんたも気をつけてね。あんたの体はあんただけのものじゃないのだから・・・。」

今日も、あのおばあさんは駅の待合室で、きれいな鶴を折って息子さんの帰りを待っているのでしょうか。
私には、息子さんに十数年分の折り鶴を渡しながら、あの優しい笑顔で微笑んでいるおばあさんの姿がありありと見えてきます。

『全ての母に幸あれ』


あなたに何かを教えてくれる輝人をご紹介します-inaka1

1時間に1本しか電車が来ない小さな駅の待合室で
私は、缶コーヒーを飲んで次の電車を待っていました。


待合室のベンチで、おばあさんが一人、一生懸命に鶴を折っている姿が目に入りました。

きれいな千代紙で一生懸命におっていました。
脇に置いている竹籠の中には色とりどりの鶴がいっぱい。

どうしてそんなにいっぱい鶴を折っているのか聞いてみたくなりました。


「おばあさん、折り鶴きれいですね。」

「きれいでしょ。息子のためにおっとるの。」

「お病気なんですか?」

「ううん。早く帰ってくることを祈っておっとるんだよ。」

「そうですか・・・。」

「息子には不憫な思いをさせたから、罪ほろぼしさ。」


聞けば、おばあさんは朝は新聞配達、昼からは近くの工場で働き、女で一人で息子さんを育てたそうです。
息子さんは高校を卒業後、隣の県にある会社に就職し、もう十年近くになるそうですが、一度もおばあさんのところに帰ってきていないとのことでした。

「全ては私のせい。私が厳しくしすぎたから・・・。」


おばあさんは、息子さんを「ててなし子」と馬鹿にされないように、廻りの家以上に、しつけに厳しく育てたそうです。
言うことを聞かないときは、平手打ちはもちろん、時にはお灸や火箸も使ったそうです。

「それでも、泣かんかったなあ。強い子やった・・・。」


中学生の時、息子さんは交通事故にあいました。
よそ見をしていた車との接触事故でした。

「悔やんでも悔やみきれない・・・。」

交通事故のあった日、学校に出かける時の息子さんの挨拶する態度が悪いと言って、きつく叱ったそうです。
その日はテストがあったそうで、息子さんも前の日から徹夜で勉強していて気持が張り詰めていました。

「いつもいつも、うるさいんだよ!!」

彼は飛び出すようにして家を出ていきました。


「いつものように仕事帰りに買い物して、家に着いたのは6時ごろ。いつもなら『お帰り』と言ってくれる息子がおらん。1時間2時間待っても帰ってこない。何かあったんじゃないかと思った瞬間、電話が鳴った。」

警察からでした。

「息子さんが橋の上で車にひかれ、川の中に落ちて…。」


この1年半の間に
福岡、広島、岡山、愛媛、徳島、兵庫、大阪、京都、奈良、三重、愛知、富山、長野、静岡、神奈川、東京、埼玉、千葉、栃木、宮城
と、20都府県を廻ってきました。

多くの「輝ける人たち」ぴかぴか(新しい)との出会いと学びを経験しました。

この18カ月間で得た輝人たちの知恵を少しでもご紹介できれば、うれしい限りです。
ぜったい離婚!から素敵な夫婦三昧―妻と夫のカウンセリング/金盛 浦子
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『今更ながら気づきます。
人の心が愛を求めてやまない理由は、孤独だからだと気付きます。
「私のこと愛してる?」「私を甘えさせて」「愛しているって言って」
恋人同士がそんな言葉を言い、たがいに求めあうのも孤独だからです。

夫婦も同じですね。
愛はいつでも確認できると素敵です。
そう、憎悪や恨みは愛が満たされぬが故の反動。
愛と、憎悪や恨みは裏腹です。
甘えたいという同じ感情の裏腹です。

だからこそ、愛は伝えたいですね。
言葉で、態度で、あらゆる手段で、いつでも愛を伝えられると素敵です。
夫婦も年月を重ねたら、もうそんなことは不要なのでしょうか?
そんなことはありませんね。

試してみてください。
たとえば、買い物途中でもよいからちょっと腕を組んでみたり、手をつないでみたり、それだけで二人の心は柔らかくなります。
温かくなります。
表情も輝きます。

プレゼントをあげるのも良いでしょう。
でもね、覚えておいてください。
最良のプレゼントにはお金なんてかかりません。
愛のこもった言葉、たっぷりの愛で温かく柔らかくふくらんだ心から出る言葉こそが、この世で最上のプレゼント。』

たまには、下の名前で呼んであげることも心を柔らかくするようです。
「あきらさん。」
「よしおさん。」
「たかあきさん。」
旦那さんも「おい」「おまえ」「かあさん」はやめて、
「ともこ。」
「けいこ。」
「みちこ。」
と、付き合っている頃を思い出して呼んでみてください。

愛を伝えるのに、「こうでないといけない。」「こういう場面でないと伝えることはできない。」と思っているのは、他ならぬ自分です。

照れくさいけれど
「ありがとう!」
今日も面と向かって言えったっけ・・・。

昨晩「皆さんにとっては犯罪者かもしれないけれど、私たち夫婦にとっては優しい息子なんです。」という趣旨のことを容疑者の親が語っていました・・・・。

もっと、こういうことを教えていれば…。
両親の悲しみを考えていたら…。


なんとも悲しい出来事です。


金盛浦子著「素敵な夫婦三昧」から

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『心としてのわが子とのつながりばかりは、生きている限り決して解消されません。
他の関係だったら解消できるけれど、わが子との関係ばかりは解消できません。
夫婦だったら、自分の器を広げるのがいや、譲るのがいや、折り合うのがいやなら離婚すればいいけれど、親子関係のごたごたやトラブルばかりは、親の側が器を広げない限り解決の道がありません。


かたくなに、自分の生き方を顧みることなく過ごしてきて、それで不都合はなかったと感じている人でも、親としてのわが子との関係を豊かに培い直そうと思える限り、自分を変えざるを得なくなります。器を広げさせられます。


浅はかな身勝手ばかりを重ねあってきた夫婦としての在り方も見直させられます。
わが子こそが、もっとも強力な、夫婦関係を培い直すチャンスを与えてくれる存在なのです。』


皆様は「幸せな家族」を定義できますか?

1年半ぶりに、こんばんわ


この間に、いろいろとお問い合わせいただきました方々には、本当に感謝いたします。

本日は、金盛浦子さんの「素敵な夫婦三昧」という書籍をご紹介します。

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『愛。これはエネルギーのひとつだと、私は確信しています。
エネルギーであるからには、愛の働き具合にも物理的法則に似た作用が現れると考えます。
たとえば、愛はより豊かなところから流れます。
愛の不足しているところは、他から流れ入ってきた愛で十分に満たされてこそ、愛を流しだせる豊かさを獲得します。
愛は、どこからか豊かに流れ出ると、まるで連鎖反応のように相互に、さまざまに、あらゆる方向へと豊かに広がってゆきます。

これはいうまでもないことだけれど、愛の豊かな妻にめぐまれた夫は、愛の豊かな男性として生きることができます。
妻の豊かな愛に恵まれた夫は、愛の連鎖反応の要ともなり、妻にも愛を返し、子供たちにも、また周囲の多くの人々にも愛を広げることができます。

愛の豊かな夫に恵まれた妻も同様、愛の豊かな女性としていきることができます。』


『私の知る限り、夫婦のどちらかだけの愛が豊かで他方の愛は乏しいという例はありません。』


『これも当然のことだけど、愛の豊かな夫婦の間で育つ子供たち、愛の豊かな両親に恵まれた子供たちは、豊かな愛をたずさえる人に育ちます。その子供たちが親となれば、また次の世代に豊かな愛を流し広げる連鎖反応が展開します。』


数え切れないほどの「壊れかけた夫婦」を救い、愛し合っていた時まで戻すことが出来る魔法使い金盛浦子先生の「愛」の考え方に、深く共感しました。


『まずは自分が愛豊かな人間になること。』
幸せ作りの最初の一歩は、ここからですね

その男子学生は車椅子で教室に入ってきました。


一目見るなり、両足が使えないことはその教授にもすぐわかりました。


「どうしたの?何の用かな?」


「この2年間、僕はいったい何が学べるでしょうか?


もっと効果的に勉強するにはどうしたらいいでしょうか?」


それはそれは熱心に訊ねてきました。


まじめで誠実で真摯で懸命に学ぼうとする学生に対して、教師という教師は親切になるものです。


この教授も、自分で考えられるだけの知恵を絞って丁寧に答えたそうです。


「で、きみは2年後にはいったい何をするつもりかね?」


学生は笑って、こう答えたのです。


「2年後ですか?おそらく、僕は死んでいるでしょう。」


「・・・・・・」


その学生が車いすだったのは交通事故などではありませんでした。


進行性筋ジストロフィーのため、「余命2年」と宣告されていたのです。


彼の手と腕はあと2年間は使えるかもしれません。


最後の最後まで、その一瞬まで彼の頭脳や心、魂も明晰でしょう。


しかし、麻痺が心臓に達したとき、彼は死の時を迎えるのです。


「この限られた2年という時間を、いったい、どう使うべきでしょうか?」


この問いに対して、教授は自分が口にした回答を猛烈に後悔したといいます。




それから2年間、彼は学内で極めて優秀な学生でした。


誰一人、彼が自分の病気について愚痴や泣き言を並べるのを聞いたことがありません。


彼のこうした姿は学生のみならず、多くの教職員の心を揺さぶり感動させました。




最後の半年間、彼は急激に衰弱しました。


最後の2週間は学内にも姿を見せませんでした。


誰もが気もそぞろで、クラスはしんみりとしてしまいました。



彼が亡くなったとき、大学の礼拝堂は彼を悼む人々でいっぱいになりました。


おそらく、彼ほど自分の人生を愛し、自分の生き方に自信を持って生きた人間はいないかもしれません。



光葉



kaidann

その1http://ameblo.jp/l-wind/entry-10086682777.html からの続き・・・・・・・・



新井さんは、入学式を控えた3月、自費で小学校にエレベーターを設置して、それを入間市に寄贈したいと申し出ました。

建設費の1848万円は、すべて借金で工面しました。


「そんな大金を出してまで、エレベーターを付けなくても、そのうち市役所が作ってくれるんじゃないですか?」

とか

「寄付金を募ったら、お金が集まりますよ。」

と周りからいろんな助言もありましたが、


「これは自分のわがままだから」

と、新井さんはあくまで自費にこだわりました。


それに自治体に頼ったら、完成が1年先になるか2年先になるか、わかりません。


新井さんは、1日も早く、哲郎君のためにエレベーターを取り付けてあげたい、その一心でした。



しかしながら、市からなかなか設置の許可がおりません。


新学期が始まっても市役所から何の連絡もありません。


新井さんがとうとう我慢できず、こちらから電話をすると


「エレベーターを取り付ける方向で動いてますから。」

と、うれしい答えが返ってきました。



7月に工事が始まり、8月の終わりにはエレベーターの取り付け工事が完了しました。


エレベーターができて、哲郎君は車いすに乗ったまま、自由に校舎内を動き回れるようになりました。



哲郎君が、一番うれしかったのは、1階の教室から2階にある図書室に行けることでした。


哲郎君が大好きなのは「鳥の図鑑」です。


「大好きな鳥はハヤブサ。だって時速300キロ、新幹線みたいに速く飛ぶんだよ。すごいでしょ!」


鳥の話になると哲郎君は、目を輝かせます。


そんな息子の顔を見ると、新井さんは自費でエレベーターを取り付けて、よかったと思います。


「1800万円は、確かに大金ですが、6年間、小学校の生活が自由になれたと思うと、エレベーターの設置は決して高いものではないと思っております。それに、このエレベーターは、哲郎の夢も一緒に運んでくれるのだから。」



もうすぐ地元の小学校へ入学する哲郎君を連れて、新井さんは校長先生の所へあいさつに行きました。


その際、校舎の中を案内されました。


体育館に入ろうとしたとき、高さ15センチの2段の階段がありました。


哲郎君は、壁に手をついて1段目をどうにか上がりましたが、もう一段がどうしても上がれません。


・・・・・・・4年程前


哲郎君が3歳の時に、ご両親はお医者さんにこう告げられました。


「哲郎君は、進行性筋ジストロフィーです。今は歩けますが、次第に体中の筋肉が委縮して、7歳から11歳の間に歩けなくなります。」


その夜、新井さんご夫婦は泣き明かしました。



・・・・・・・



その姿を見て、新井さんは思わず言いました。


「哲郎!! あと一歩だ。這って、上がれ!!」


なんで、そんな言葉を口にしてしまったのか。




新井さんは自分を責め、子供の前で、涙をボロボロこぼしてしまいました。


その日、新井さんは、心に誓います。


「哲郎のために、小学校にエレベーターを作ってあげよう。そのぐらいのことをしてあげないと、この子に申し訳ない。」



・・・・・その2に続く