それでも・・・・・懸命に生きている
私の中学校時代は、「金八先生 」の時代。
学校内での暴力事件が後を絶たず、ついにわが母校も全国紙に載る始末。
でも、今の学校が抱えている問題とは、ちょっと様子が違うように感じる。
自分の頃の学校問題は、金八先生の加藤君 事件のように、親から、先生から押し付けられた型に、はまることに対する反発が、大きなエネルギーとなって、外へ(体制に対する反発)向かっていた気がする。
翻って、いじめ問題でゆれる現在の学校問題はどうであろうか。
子供たちは、表面上は親や教師の型にはまりながら(いや、はまろうと努力しながら)、閉じ込められた閉鎖感、行き場のない苦しみや怒りのエネルギーを、内面に溜め込んでいる。
溜め込んだエネルギーは、張り詰めた弓から放たれた矢の様に、様々な人の心を目指して飛んでいく。
その矢は、変わった格好、言動をする仲間に、
精神的肉体的に能力が劣ると、大人たちが勝手にレッテルを貼った仲間に、
自分が気に入らないと思った仲間の心に飛んでいく。
何のことはない、責任は大人にある。
子供たちに間違った価値観を与えているのは、私のような大人なんだから。
親は、仕事の忙しさを理由に、心の教育を学校の先生に押し付けた。
学校の先生は、子供たちに「正しき心」を伝えたいが、自分たち自身が学校では教えられ育ってきていない。
伝えたいけれど、何が善で何が悪かすらわからない。
(親や周りの大人が、善悪を教えてくれて育った人は大きな救いである)
自信が持てないから、真摯な教師ほど結果(学校の目・親の目)が恐くて、子供たちに伝えられない。
伝えられない苦しみから、自分を傷つけてしまう教師もいると聞く。
何かが間違っている。
みんながそう思っている。
けれども子供たちは、アリ地獄のような環境の中で、大人たちが何とかして自分を救ってくれるのではないかと期待し、
今日も懸命に生きている。



