こんにちわ。
スピリッツです。
今日から、見たDVDや映画の感想を書いていこうと思います。
あくまで僕が思った感想なので、あまり気にしないでください。
辛辣なことを書くこともあるかもなので、気分を害するおそれのある方はブラウザを閉じるか、戻るボタンを押すことをおすすめします。
なおネタバレを含みますのでまだ見ていない人はご注意ください。








ブログ一発目は何の映画にしようかと悩んだ結果。
週間少年ジャンプで人気を博した漫画。
「るろうに剣心」の実写版である。
ちなみに監督や役者の詳細はめんどくさいので割愛します。みんなの味方ウィペディア等参照してください。
作品編と役者編に分けて書きます。

まずは見る前。
漫画、アニメの実写版が昨今多い。
それが望まれてか望まれていないのかわからないが、とにかく多い。
観客の怒りを買った作品のほうが多いのではないだろうか。
あまりにその印象が強かったため、なかなか手が伸びなかったのだが、自分のモットーが「お金を払って見てみなければ、何も言う資格はない。」だ。
予告編やキャストの段階で「お、おう・・・。」だったので、あまり期待も何もせずにいた。
見る前そんな感じ。


で、見た率直な感想は、

うん!頑張った!

最近の実写版では頑張ったほうじゃないだろうか。
ではその「頑張った」にとどまった理由を書いていこう。

「原作リスペクト」の言葉が多く聞かれる漫画アニメ実写化。いつか膨大な感想文量になるだろう某映画のある役者が言っていたが、「原作のイメージはあるだろうが、これは映画です。」云々かんぬん。
確かにその通りだ。映画にするには何か意味がなければ映画にする意味はない。だからこそ映画は絶滅せずに残っているのだろう。(この哲学についてはまた後日)
しかし。
だがしかし。
では。
なぜ絶大なる人気を博した漫画である今作を映画にしたのか、問題はそこである。
「映画だから原作のイメージとか知りませーん。プー。」という意識は大いなる勘違いである。
漫画アニメの実写が望まれる意味。
それは原作を見て感情移入し、登場人物たちが原作よりも自分達に近しいものになってほしいという願望だ。人気を博したものならなおのこと。登場人物の感情や哲学等々を表現したいのなら違う原作を使ったほうが数億倍いい作品になるだろう。
そういった一部の映画屋の傲慢とも思える考えを押し付けられ苦汁をなめてきた観客の一人ではあるが、今作は完全に「原作リスペクト」だった。
しかし、あまりの「原作リスペクト」すぎて漫画の単行本のページを途中破って読まされたような感覚だ。
原作の筋(ネタバレになるので割愛)を間をかいつまんでつなげただけ。これは原作者の和月さんに脚本料を払いなおしたほうがいいのでは?
まあ仕様がないといえばそうだが。
こういった原作を扱う場合には脚本家の影は薄くなるものだ。
あ、斉藤一のセリフで「内に向いた刃~」はすこしよかったと思う。

最近の実写系ではまとまっているほう。
だがやはり長編の原作を映画の尺にするのができなかったのか、無理を感じた。
主人公の剣心と神谷薫の距離が急に縮まりすぎ。
そこまでして恋愛要素が必要なのか?
だったら志々雄編を描けばよかったんじゃないか?
おそらく原作のあのシーンが強すぎて恋愛要素を削る勇気がなかったのだろう。
監督にも責任はあるだろう。出会いから結末までの二人の気持ちをコントロールできなかったのだから。できないのならやるなと言いたい。あれではただの盛りのついた若者ふたりだ。

アクションは大したものだったが、いただけない点がいくつか。
まず剣心の流派「飛天御剣流」を表現するためワイヤーアクションが随所にあったが、なぜワイヤーアクションなのか・・・。いやワイヤーアクションを使うことがダメなのではなくて、「うわ。ワイヤーアクションだ・・・。」と思わせる作りなのがいただけない。もっとやりようがあっただろう。ヒントは原作に山ほど描かれていると言うのに。ここでもできないのならやるなと言いたい。あの剣術にいたっては非現実的だからこそ魅力があると言うものだ。飛んでなんぼ。地面を這いずり回る剣心をみたいわけではないんだよ?これは刃衛、斉藤等、現実ばなれした剣術全般にいえること。なぜCGを駆使しなかったんだ?
現実感のある殺陣ならば暴れん坊将軍(ある意味非現実的ではあるが・・・)でいやというほど見れる。というか暴れん坊将軍のほうがいいアクションをしているだろう。

次に演出。
監督、大友啓史氏。龍馬伝を監督した方だ。
大変な仕事を仰せつかったものだ。
監督とは映画の現場にいる数百まで上るキャスト、スタッフを束ねる文字通り「監督」である。
大きな仕事として役者の監督である。
役者も豪華であったことから苦労は感じられるが、全く統一されていない。
そして、これは役者編でも書こうと思うが、登場人物と「行間」を全く説明しきれていない。
主人公側はホンの少しだけ匂わせているが、敵側をまったく説明しきれていない。視点を一元化しないのは常識であるし、漫画だからと舐めすぎだ。最近の漫画アニメは、そこらにいる役立たずの作家よりオモシロい話と役を生み出している。そのことに早く気づいて欲しい。
そして豪華なキャストを扱うからには命をかけて役者をコントロールしてほしい。
そして時代感。
時は幕末から明治初期。
まったくノスタルジーが感じられない。
エンターテイメント近時代劇であるが、時代劇独特のノスタルジーが欠けてはただのエンターテイメントだ。そんなものならハリウッド映画を観たほうがなんぼかまし。
CGやVFXでなんとかごまかしたものの、時代劇感が全く無い。
そして、なんでそんなに役者の顔面が好きなんだというほどの寄り。
豪華な役者を使っていながら、役者を信用していない撮り方。(これは役者編でも書くだろう。)
はたして大友氏にとって今作はキャリアの上でプラスになったのだろうか。

昨今、漫画アニメの実写化が邦画洋画問わず取り沙汰されている。
大金を使って迫力のあるハリウッドで実写化したにも関わらず、あまりにひどい原作レイプで「なぜ日本でやらんのだ!」と言われ、いざ日本で実写化したら、ただの俺ら頑張りました程度のものにしかならん。
日本の映画人よ。また日本の映画界よ。
なぜそうまでして実写化をしたがる。
いろいろな理由やお金等々絡んでいるのだろうが、ではなぜ「映画」というコンテンツを自ら選んだのか、もう一度考え直し学びなおして欲しい。
そんなものは腐ったTV局に任せておけばいいのだ。
お金を使ったものを撮りたいなら映画ではなく、TV局に入局することをオススメする。
でなければ、TVと同じ運命をたどることになるだろう。

さて話はそれたが、言っても今回は頑張ったほうなのだろう。
原作のイメージをぶち壊してもいなく、可も無く不可もなくといったところ。
わざわざ映画化するほどのことでもないんではないかといった出来ではなかろうか。