昨年は教習所へお世話になっており、この近年になく一人で歩くという行為を多くした。若い頃はよく一人で歩いた、例えば勤務地であった大井町から自宅のある大田区まで毎晩歩いて帰ってた。そうしてりんかい線で新木場まで出ては、そこから東京ディズニーシーまで歩くことは酒を嗜むこと以外に数少ない趣味のひとつでもあった。その後舞浜に移り住んでからは、毎晩夫と連れ立ってTDR外周を散歩するなどしたっけ

 

とにかく無心に歩いて、その時々の気持ちの整理をしたり新しい閃きを待ったりすることは、確かにまだ悩み多き若者だった当時の私には必要なことだったんだ。あたら皮肉なもので、こうして老成を極めた今では、そうした時間なしにまったく上手くやれるようになった。と思っていた。自分で思うほどに自身は成熟が足りていなかったようだ。そもそも長い道のりを難なく歩けるのさえ音楽あってこそ

 

今夜は夫も子供もいなくて暇なんだ、昨年教習所の行き帰りのお供に聴いていたプレイリストを召喚して「ああでもない」「こうでもない」って言いたい気分ってこと

 

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昔この曲がプラネット・ハリウッドの大画面で流れた時に「私も受話器を取った瞬間に"♪YO, YO〜"って歌われたら、それに対して答える準備は出来てる(キリッ」って言ったら爆笑を買ったことに今でも納得が行ってないよ。あれから何年も経って皆は一笑に付したことを忘れているはず、私は今でも準備はバッチリなんだから

 

原曲はスティーヴィ・ニックス、そちらはあたら存じ得ない。だって、誰しも青春期におけるそれぞれの世代に輝かしい女神が存在して、彼女のほかには誰も見えないって魔術に掛かってしまうことが運命付けられているから。そして、ねえ、私達80年代生にとってのそれは彼女だったはずだよ、そうでしょ?

 

誰しもこんな経験はある。かく言う私も当時付き合ってた恋人の許へ戻ったら、彼はつい数十時間前まで甘い週末を貪り尽くした部屋で、別の相手と盛り上がってて…この帰宅を知って気まずそうに逸らされた顔を見たら、私もよく見知ったそれだった。彼女の名前は「仕事」、もっとも私も「飲み会」と浮気を済ませてたからお互い様かな

 

我が国では「宗教曲や讃美歌で話題になった」「オーディション番組の出身で知られる」「天才少女と持て囃された歌手」といえば、それはシャルロット・チャーチを指すのかも。実際のところ彼女達はどちらも稀有な才能を誇る不世出な存在だ。そもそも比較するなんておこがましいことだ、このまなざしを前にしては虜になるよりほかに

 

この歌声、この外貌、この世界観…今までにも魅力的な歌手は大勢いた。これからもそうだろう。しかしながら、彼女は間違いなく伝説の一角にその名前を刻み付け、そればかりか人智の届かぬ魔法で不滅のものにしてしまった。はじめて観た時に本当に驚かされたよ、だってビアズリーの世界がそのままそこに再現されたようだったから

 

いわゆるディスコを彩った時代の序奏って最高にホットだ。そして、それを聴く者すべてを滾らせて止まないグルーブ感。ほかでは絶対に味わえない特有の風格に自然と敬服の念さえ抱いてしまう。彼女達が姉妹っていうのもすごい話だよね、この魅力がステージを降りてなお家庭内でも一堂に会するだなんて「事実は小説よりも奇なり」

 

『へザーズ/ベロニカの熱い日』のミュージカル化作品でクイーンビー達によって歌われる、この曲が同作品では一番好き。あまりにも好き過ぎて仮免許試験に受かった日の帰り道にあったフードスタンドでビールを買って飲みながら熱唱をキメちゃったほど。次回担当教官に「…こないだ歌ってましたよね?」って言われたのは、ご愛嬌

 

最近では『ブリジャートン家』にも出演したらしいリマール。彼の作品はどれも素晴らしく、所謂ハズレ曲と呼ぶものナシ。この頃はそう思った、けれども人間は変わり行くもので数年後に発表された当時の新曲から興味を失って現在の動向はしらない。それでもふと再び聴きたくなる、そんな身勝手を許す懐の深さに何度も助けられてる

 

 

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以上、昨年よく聴いていた曲とそれに纏わるあれこれでした

 

自分でも意外なことにドライブ中には音楽をまるで聴かないんだよね。恐らく徒歩に比べて視覚や嗅覚など五感のほかの部分に割かなければいけない労力が多いせいで、きちんと旋律や歌詞に没頭できないせいかな。あるいは折角一夜漬けまでして作成したプレイリストを自家用車が読み込んでくれなかったせいかもしれない