エンターテインメント小説(娯楽小説)のもう一つの分野、歴史小説と時代小説に触れたい。歴史小説は史実に基づき、史実の合間を作家の仮説と想像で含まらせたもの、時代小説は古代から江戸、明治、大正の時代を背景にした小説と私は理解している。小学生の頃、祖父の家で見つけた講談話集を読んだことから、歴史物の話はその頃から好きだった。若い頃、時々読んだのは山本周五郎氏の短編、氏の描く江戸情緒には人情の温かみがあり、寂しい下宿生活をしていた私には惹かれるものがあったに違いない。20代に病気をして、お寺のお世話になったことは前に述べた。その後、故郷に帰って、3ヶ月足らず療養生活を続けた。実家の近くの知人から借りたのが司馬遼太郎氏の単行本「竜馬が行く」全8(?)巻。それをきっかけに司馬氏の本はよく読んだように思う。若い頃は竜馬好きで、明治維新も大いに肯定していたが、奥州戦争での残虐な悲劇(例えば、秋山香乃氏「獅子の棲む国」、中村彰彦氏「落花は枝に還らずとも 会津藩士秋月悌次郎」など)を知るにつれて、否定的印象が強くなり、竜馬にも関心がなくなった。その中で高杉晋作に未だ好印象を持っているのは司馬氏の「世に棲む日々」のせいだろう。氏の小説の中で特に好きだったのは「世に棲む日々」と「国盗り物語」。それまで斎藤道三のことをよく知らなかったので、興味深く、「国盗り物語」を一気呵成に読み終えた。今年のNHK大河ドラマの作者は脚本家池端俊策氏であるが、道三の愛妾「深芳野」の名前を見て懐かしくなった。歴史上、女性の名前は不明のことが多く、「深芳野」は司馬氏の想像上の名前とばかり思っていた。

中年を過ぎてから、耽溺するほどではないが、時々手にしたのが、藤沢周平氏の一連の小説。立花登のシリーズ、青江又八郎の日月抄シリーズ、彫師伊之助のシリーズなどを就寝前の読書にあてた。特にシリーズものが好きだったのは、描かれる主人公への共感と、赤穂浪士の話を絡めるなど重層する話の面白さのように思う。定年退職すると、つましい生活を余儀なくされる。専ら市立図書館を利用し、文庫本以外、購入することが少なくなった。先ず惹かれたのは乙川優三郎氏の小説、何よりも品のある表現の美しさが好ましかった。しかし、暗い題材が多く、読後感が重く、少しずつ離れた。その後、宮城谷昌光氏、松井今朝子氏、杉本章子氏、上田秀人氏などを乱読した。宮城谷氏の「子」、「重耳」、「楽毅」、「太公望」はもう一度読み返したい本である。飽きずに読み続けているのが、佐藤雅美氏と宇江佐真理氏の小説であるが、お二人は別の機会に。

 新田次郎氏は一時期愛読した作家であるが、氏には「武田信玄」や「新田義貞」などの歴史小説もある。新田義貞の妻、匂当内侍が足手まといにならぬように、落ちてゆく義貞と別れ、やがて彼の戦死を聞いて、琵琶湖に入水したと伝承されているのは湖西の地である。写真は匂当内侍の墓(大津市堅田)(20200206撮影)。