引き出しであるから引いたり押したりするのは当然で、勢い金具がとれることもある。


このため、とれないように挽物に変えるということが行われ、ついには十八世紀の後半25年間の流行の家具は、挽物の摘みや握りに変わってしまった。


以来、金属の引き手からの変更は続いている。


これらは、1830年代後半から大流行した大球根状のマッシュルーム形握りよりも、寡具全体のデザインにおいてはるかにすっきりしていた。


初期の挽物摘みは小さめで、付け方も引き出しの前板の小さめの穴に、まっすぐに膠で付け合わせて釘で固定していたが、ヴィクトリア朝になると、大きなマッシュルーム形になったため、引き出しの前板に穴をあけ、そこに挽物の握りを合わせ、ねじ釘を入れるようになった、それも膠なしのこともある(したがって、このことからも時代をみわけることができる)。


ヴィクトリア後期とエドワード時代に流行したリバイバルの3つの様式のうち、クイーンアンのウォールナット材家具と、チッペンデールのマホガニー材家具は、シェラトン様式にくらべはるかに大量にコピーされ、偽物が節操なく売られた。


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昔のオリジナル家具を変更する理由も一様ではなく、いろいろと変化したということが、十九世紀後期の混乱を生んだ一要因である。


ウォールナット材の家具は現在も残っているが、これらは十八世紀初期からのもので、ヴィクトリア時代に「クイーンアン」スタイルとして改造されたものである。


その変更はサイズを小さくするとか、2つの部分に分けたりするとか、また古びた着色や手摺れを除き、たっぷりニスを塗るといった、主として実用的な要求からだった。


だがチッペンデールの家具が流行するようになると、本物の家具に関心が寄せられ、本物が求められるようになると、十八世紀中後期の一般的家具は、単に実用だけの理由で改良されるということはなくなった。


彫刻を変えたりして高級感のあるものにし、志の低い売り手にとってはお金がとれるような改良に変わったのである。


しかし必ずしもそうではなく、むしろ進歩のためという純粋な目的で改造された例として、今日でもよくみかけるのはキャビネット、コモド(置戸棚)、衣裳箪笥やテーブルの引き出しについていたもともとの金属の取っ手を挽物の握りにとり替えるということがある。


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二十世紀の初頭になると、イギリスの各時代の代表的な家具が再び作られるようになった。


エリザベス様式やゴシック様式などのようなオーク材で作られた家具、ウォールナット材を使用したクイーンアン様式と次々にリバイバルが行われ、十九世紀末ころから二十世紀はじめにかけての25年間には、チッペンデールスタイル――チッペンデールといえばマホガニーだが――の人気とともに全盛となった。


その間の1895年ころ以降の20年間にはもう少し軽快で繊細な家具が求められ、これはエドワディアン・シェラトン(エドワード朝〈1901~1910〉のシェラトン)といわれているが、本来のシェラトンとは違っている。


すなわち、材質は当然マホガニーやサテンウッドで、アクセントに対照的な色の木を使って象嵌をしていることはいるが、象牙、真珠貝、エナメル、白目といった他の材料で象嵌を付けたものである。


ようするにこれらのリバイバル製品は、製造法、材質、寸法の三点からみることによって、本物かそうでないかが証明できるのである。


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中には十六世紀から十七世紀当時の品と、はっきりみわけることができることがある。


たとえば鉛で張った光沢のあるドアパネルがある。


これにはステンドグラスが付いているものもあるが、これに後になって新しい木材と彫刻を付けてしまったものもある。


ただこの木材については、必ずしも新しく替えた物かどうかはわからない。


というのは、たとえ変更してあったとしても、何年も経ってしまうと塗装も剰げ、端や縁も摩耗して、違いがわからなくなるからである。


これらの点をすべて考慮にいれても、本物かどうかわからない場合があるが、その場合の一番のヒントは、寸法を変えたために全体のプロポーションが変わっているという点である。


ヴィクトリア時代は、小食器棚や茶箪笥の上などに飾るミニチュア家具があった。


これは本物のプロポーションとまったく同じで、寸法だけ縮小して作られており、組手や彫刻も本物と寸分違わずそっくりに作られたきわめて精巧なものである。


したがって、これと比較すれば十九世紀の改作家具かどうかがよくわかる。


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エリザベス様式とか、ゴシック初期のようなオーク材の家具と部品を専門に売る店はロンドンにもたくさんあったが、イギリス中の家庭にも十六世紀から十七世紀風の多量の、こわれたり、傷んだりした不完全なオーク材家具が代々受け継がれて残っていて、これらのオーク材家具は、改造したり、作り直したりするのに向いている材質だと考えられていた。


このような"近代化"はウォーリィックの装飾彫刻、後のグリンリング・ギボンズ風の真似であり、各々の家に合わせた大きさに作り変えたり、本来の時代の品とは似ても似つかないものである。


初期のオーク材家具に、たとえば挽物の茶箪笥の支柱、家具の権や斜めの部材、ベッドの支柱の部分または全面、軒蛇腹の横木、それにその他の創形に彫刻を付け足すというのが最も多くみられた改造である。


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大がかりな展覧会が比較的突然に流行したことで、家具製造者と商人の大多数の要請から、実用よりもみばえに重点をおくようになって、家具は精巧かつ大げさなものになった。


みばえとは、技巧を示すと同時に、購買者の富を示すものである。


だがそうであっても、典型的なヴィクトリア朝家具と考えられているものはスタンダードであって、その装飾は秩序ある姿をしている。


そこで多くの職人が、新材料で当世風の家具を製造し供給するだけでなく、古い家具の改造もするようになった。


というのもアンティック家具に興味が集まるようになったからで、十九世紀末の35年間は、家具の大混乱時代となった。


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「アーツアンドクラフツ・イグゼビション・ソサエティー」の産業の背景について興味を惹くものは、定期刊行物や指南書である。


ここには広い範囲の製品の広告が載っており、今ではみられなくなって久しいものが多い。


この時期についての研究や関心が高まっていることにより、重要なものは現在でも再版されているが、多くは量を減らしたり、値段も当時の価値のものではなく、もっと手ごろな価格になっている。


家具で当時のものにラベルが付いているものは、歴史的見地からもかなり興味深い。


残念ながら十九世紀までは、家具にサイン、スタンプ、ラベルを付けることは、イギリスの場合、フランスにくらべると珍しいことで、1820年代になってようやく有名な製作者や小売商が、彼らの製品に対する誇りを示すためにはじめるようになった。


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1908年に仏英博がロンドンで開催され、このテキストが扱う時代の最後のものとしては、1910年のブリュッセルの展覧会がある。


残念ながらこの展覧会で火災が起こり、重要な建物に大きな被害を受け、経済的にも損失が出た。


十九世紀の終わりの15年間には、ウィリアム・モリスの運動の理想を掲げる新しく成立したギルドや集団が、「アーツアンドクラフツ・イグゼビション・ソサエティー」を創立し、1888年が最初の年1回の展覧会が3回行われた。


短い中断の後、もう一つの展覧会が1893年に開かれ、さらに1896年と1899年に開かれた。


このソサエティーは芸術的、創造的な職人技術への情熱を持った少数派のグループで、一般的にはヴィクトリア時代の家具職人はそうではなかった。


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機械化のほかに、家具産業の発展にかなり効果があったもう一つの要素は、1851年の大博覧会の人気に続いて、続々と開催された国際あるいは国内の展覧会であった。


パリ(1855年)、ロンドン(1862年)、パリ(1867年)、ロンドン(1871年)、パリ(1878年)での展覧会は、その後、他の国が参加したため、パリ、ロンドンというこの恒例は終わった。


1873年のウィーンと1876年のフィラデルフィアは特に重要で、1879年のシドニーと1880年のメルボルンではオーストラリアが参加した。


1889年のパリ博でエッフェル塔が建てられ、1900年にはまたパリで行われた。


その前、1893年のシカゴで開かれた貿易博覧会は、十九世紀最大の規模のもので注目を集めた。


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中国の壁紙は、特許商人(行)が大事な顧客に贈物として持ってきたのが最初で、異国の花鳥が繊細に描かれた壁紙をほしがる人がたちまちに増え、その影響で壁にかける肉筆の掛軸にも関心が集まり、壁紙と掛軸とが産業として盛んになった。


ヨーロッパの中国趣味は、十八世紀中期に第二の時期が訪れるが、これもまた、中国の壁紙のデザインを抜きにしては考えられず、1750年代以後、人物のいる風景画が人気の高いテーマとなった。


壁紙デザインに対する芸術的アプローチは、大金持ちの家は別として、残念なことに商業主義にしばしばとって代わられ、ついに1900年になると、大部分の物は思想も趣味もないものとなってしまった。


後期ヴィクトリア時代の過剰装飾の室内に対する反動とも関連して二十世紀には急速に壁紙の需要は落ちてしまった。


代わって色付き石粉や色付きパテの人気が出たが、これは額長押やドア枠に模様を描き、アクセントを付けるためのものであった。


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