私も もう3年もたたないうちに、古希を迎える歳になった。
時間が余って、無駄に考えることが増えてきた。
社会的役割があまり感じられなくなっている。
今日は本当に小さなことなんだが、娘の椅子に座ると キリキリと音が鳴っているので、潤滑油を刺さねばならないと思った。
確認の為に椅子を逆さにして下を覗き込んだ。
そうすると、椅子の下のカバー用の布がやぶけていて、ボロボロと崩れ落ちていた。
その布が床に落ちそうになっていた。
なので、掃除機を持ってきて、椅子の裏から床の上から綺麗に掃除機を掛けた。
掃除機の使い方がなかなか最近は難しい。
考えてやらなければわからない部分が増えている。
その後でゴミ捨てに行かねばならないな。
それと同時に、自家用車のウィンドウォッシャー液が切れているのに気がついた。
自家用車もけっこう汚れているからボディの汚れを綺麗に拭き取ってやったほうが良いようだとも思う。
そんなこんなを考える。
やはりやっておかねばならないと思えることが脳裏に浮かぶ。
小さなことだけれども 自分に役割があると身体を動かす。
そういえば、最近はあまり身体を動かさない。
考えることがないと、SNSやらスマホやらテレビやら寝転がって、ずっとうだうだやっている。
基本的に日常的に身体を動かすような行為がほとんどなくなっているのに気がついた。
アルバイトが休みになって一週間ほど何もしない。
何もしていない。
日にちが過ぎると体重が2キロほど増えているぞ。
食事の量が変わらないのに食べて寝ては食べて寝てを繰り返す。
当然、贅肉もどんどん増えてきて、前屈がしにくくなっている。
靴下も履きにくくなっている。
運動せねばならないと思ってウォーキングをしてみたが、それは一時間か一時間半かその程度だな。
筋トレをするのも悪くはないだろうが、おそらく身体の基礎代謝体が下がってる。
身体そのもののエネルギーの燃焼の量が基本的に少ないようになっているような気がする。
例えば、子育てをしている家庭の主婦はほぼ一日中動いているだろう。
果ては、夜中も動いている。
それをきちんとやっている主婦はかなりげっそりしている気がする。
ゴロゴロ寝転んでうまくやってる主婦は、それとは例外になるかもしれないがな。
それより、高齢者でも畑仕事やら小さな作業をごそごそやっている老人は、わりと痩せている人が多い。
そういう人は肉付きが良くても健康的な人が多い。
それはどういうことか?
つまり、社会的な役割を持っていて、一日ハードな時間ではなくても、少しずつでも長時間動いている人が健康に近いのではないかと感じる。
健康な肉体ならば、太っているとか痩せていると言う概念はあまり考える必要がない気がする。
その人の行動に対して、体付きは適した構造に変わっていくだろうと思う。
そうでないと動きずらいからだ。
つまり、重いものを持ち上げる必要がある人はそれなりにがっちりした体付きにならざるを得ないだろう。
例えば、マラソン選手のように、長時間少しずつエネルギーを燃焼せざるを得ない人がいる。
そういう人は効率よく、それも長距離走れるような細身で、柔らかな筋肉がうまく身に付いているのだろうと感じる。
長時間効率の良い筋肉のエネルギーの燃焼を継続させる肉体構造。
そういう行動に対しては、スリムで適度な筋肉が必要なのだろうと思う。
ただ、マラソン選手に至っては、上半身の腕の筋肉は、重いものを持ち上げるような必要性がないから、太い腕にはならないな。
太い肉体構造にはなりえない。
なったら走れないからな。
あるいは体操選手に関しては、身体が柔軟であり、なおかつ上半身もしっかりとした筋肉が必要だ。
ただ、長距離を走るような持久力を保つような身体付きにはならない。
サッカー選手はスピーディーに走りながら、瞬発力が必要だし、ボールを蹴るための筋肉も必要になる。
だから、ああいう身体つきになる。
ラグビー選手は、サッカー選手に加えて、ぶつかり合いをする。
見方を変えてみれば、瞬発力で走れる相撲取りみたいなものだろうな。
だから、ややがっちりした体つきになる。
ただ、しかし、適度なスピードで、長距離を走れるような身体つきではない。
瞬間的なスピードは必要だけれども、ずっとは続かない気がする。
だから、やはりがっしりした体型になる。
水泳選手は、水の中をスムーズに泳げなければならない。
やや身体の見え方は、平面で、平たくなっている人が多いように思えるが如何か?
そしてなおかつ、柔軟で、継続的に身体の体力を燃焼する筋肉になっているような印象に見える。
机についてずっとデスクワークをしている人に関しては、エネルギーは使うが、脳で使うエネルギーだ。
だから必要なエネルギーは糖分が多い。
その上、そういう仕事は、人と人とのやりとりが多いので、人間関係やストレスも多い。
それに対するフラストレーションを解消するためのドーパミンが必要になるだろう。
そうなると、やはり糖分を+ αでとってしまうので、ぽっちゃり系の体型になる気がする。
会社員がぽっちゃり体型になるのはそういう生活環境のせいではないか?
それもなんとなく道理が通ってるような気がする。
そのように、日常の生活の仕方によって、体型は順応してくる。
それを前提として、老人は何ができるのか?
いや、何をするのか?
何がしたいのか?
あるいは、どういう生き方が適しているのか?
いずれにせよ、暮らし方によって決まってくるような気がする。
最近の老人の暮らし方は社会的な役割を持たない時間が多い気がする。
いや、寧ろ 定年という仕組みなどは社会から捨てられたことを意味してる。
自由という言葉を使って、社会的な、つまり世の中に必要なし、と印を押される。
それは自由なのか?
邪魔者扱い、という言葉の方が適してる気がする。
身体の使い道がある老人にとっては酷だろうな。
だからじっとしているのか?
或いはそういう洗脳にかかっているのか?
いずれにせよ、檻のない独房並みの空間で生きねばならない。
そして、身体が意味なく錆びていくのだろう。
それを社会はあただの浪費的な社会保障で賄う。
全く意味がない。
そう感じるのは私だけ?
老人になった自分の身体に 急激な衰えを感じる。
それは社会的な役割を担っていないからだと考えられる。
アルバイトが休みならば、その間に何らかの社会的な役割を持たねばならない、とも思う。
最近そうつくづく感じている。