自分として生まれてきて それで失敗なら それはそれ

 

生きてみないとわからない事

 

生きてみないとわからない未来

 

時が来る前に悩むよりも まずやってみるしかない

 

生きてみるしかないではないか

 

なのにヤリもしないでクヨクヨ言い合うのが人の心の中

 

宝くじはいつでもどこでも同じ勘定で決まろう

 

験を担いで、大安の日とか、よく当たる売り場とか、無駄に時間を掛ける

 

まぁ、それも生き方の選択

 

自分の人生も宝くじみたいなところがある

 

当たった人生を全うしたら、それだけで良い

 

ハズレとか当たりとか

 

何を持って当たりというのか

 

或いはハズレというのか

 

逆さまに見たらハズレは当たりのこともある

 

人の生きる時間は有限

 

そこで、他人を生きてどうする

 

それだけのもんだろう

 

おそらく誰しも大満足は無いと思え

 

そこらへんが悟りかもしれないな

 

とりあえず自分が当たった命を持って生きてみるしかない

 

ただし、思い切り生きるか そろりそろり生きるかの違い くらいはあるかもしれん

 

まぁ、それだけのもんだろうなぁ

 

宝くじを買いました。

 

賢い人は宝くじなど買わないらしいとも聞きました。

 

高額の金額に当たる確率は 購入した枚数にもよりますが、おそらく一つの県の中でたった1~2人くらいか?

 

まぁ、そこの県の人口にもよりますが。

 

だから、多く当たるという県民は、それを考えないで当たるというお店で買いたがる。

 

愚かだなぁ、とも思うし 験担ぎで考えたらそれはそれでとも思います。

 

結局は気分の問題な気がしてる。

 

運とは何か?

 

運だから、どこで買おうと運が良ければ、それなりになる。

 

ならば、宝くじをどこかの道で拾うかもしれないし。

 

或いは大金をどこかのゴミ捨て場で拾うかもしれないし。

 

または 今の仕事の給与が異常に上がるかもしれない(絶対にないな)

 

でも、それは日常に転がってる、運な気がするしな。

 

どこかの大金持ちが「全ての資産を君に相続してやる」と言うかも?

 

ないな、やはり。

 

むしろ、それは自分次第でしょうな。

 

自らの過去を考えたら、私はおそらく1千万円くらいの相続金を自ら放棄してる。

 

いや、もっとかもしれないしね。

 

その上、未来に繋がる安心な暮らしも放棄して暮らしてる。

 

そんな気がしてる。

 

でも、そこの世界に入ると、なんだか自分が自分でない気がするのもある。

 

意識で作る世界。

 

こうであるのが正解という意識的に創ったモノ。

 

だから、私は私でいい。

 

四苦八苦しながら、虫の息で暮らす。

 

まぁ、そんな人生を選択してる。

 

それも自分というこの世に生を受けた人間の一人として。

 

この世は本来は自然に任せる。

 

いや、そもそも自然に出来た宇宙。

 

そこからして運の中。

 

過去に遡って、今まで生きてきた人の数は何人くらいるんだろう?

 

ネットで検索したら、憶測レベルで1080億人とも聞いた。

 

今はだいたい81億人らしい。

 

そんなもんか。

 

1080億人の中の一人。

 

それでも宝くじは誰かに当たるもんなぁ。

 

それでもって、当選しても受け取りに来ない奴がいるって。

 

意味わからんな。

 

意味わからんのがこの世の有り様か。

 

などと言っててもね。

 

言えることは一言。

 

しょうがない。

 

人類で初めて火を使った人がいるはずだ。

 

それはアインシュタインよりも天才かもしれないダレか。

 

特許を取ったらすごいことになるだろうな。

 

しかし、人の世はいつも、そこで差別が行われる。

 

異次元の発見や発明は周囲から同胞として受け入れられない場合が多い。

 

知的障害の金持ちと貧乏イーロンマスクとどっちがいいか?

 

人は知名度とか権力とか財力によって人を差別するクセがある。

 

そこはおそらく過去から未来永劫変わらないのかもしれない。

和国も台湾も環境は同様。

中華は内政を徐々にひっくり返すから実際には軍事は実行されないだろう。

 

方法は土地購入やマンション購入、企業の買収など、他にも様々だ。

和国内ではそこに歯止めをかけられない状態になってる。

 

そこで国民に意識付けする方法を取る必要がある。

気づかせる必要がある。

ところが中華のプロパガンダは洗脳の度合いが強烈だ。

中華への拒否を訴えても定着は難しい。

 

だから策を打つ。

強烈な一手。

 

嘗て、紀元前にも中華の歴史では、李牧が王翦のスパイである郭開にあらぬ噂を流させて幽繆王(趙の王)に処刑させられた。 

中華はそういう歴史を持つ国だ。

まぁどこの国も戦争に関しては同じだけれど。

スパイは今や和国にも多数、いや、ほぼスパイで成り立ってると言ってもいいくらいの数が蔓延っている。

スパイ法の施行は中華の思惑を閉じる。

そこが問題なのだろう。

 

現状として中華側からは表向きにでカップリングを行う。

裏ではスパイの活動が活発に入ってきていて、行動している。

 

政治は闇で動くものなのだろう。

従って、情報が表に出てきた時はことすでに遅し。

そういうものな気がする。

 

ただ、民衆の力は大きい。

そこに期待をしている。

パソコンもスマホもテレビもないところで、YouTubeが存在できるか?

それを問いたい。

 

環境インフラがないところで存在できるか?

目の見えない人がYouTubeを楽しめるか?

など。

 

そもそもその環境をわざわざ構築しないと存在し得ない世界。

いわゆるゲームと同じ。

インターネットの世界。

ゲームの世界。

 

それは現実とは少し次元を特定されたところだけに存在する。

現実の世界は広大だ。

一定の環境の中でしか存在できないような隔離された世界に没頭してしまおうとしている。

それが現代の人の洗脳された社会に思うぞ。

 

いわゆる仮想空間。

そこが居心地が良いのかもしれない。

しかし、麻薬と同じで、そこから抜け出せなくなる危険を強く持っている。

 

YouTuberより

[Back to the Nature]!!

それにしても映画はいいもんですなぁ。