インド旅行記 -2ページ目

アムリタプリ アシュラムの生活

11月27日



アムリタプリに来て1週間、私はこのアシュラムの生活に馴染んできているようだ。


朝4時半からアルチャナというチャンティングのためテンプルに行くのが奨励された日課なのだが、もちろん私はそんな早起きをする気はさらさらなかった。


しかしなぜか朝自然に目が覚めてしまう。

テンプルの床に座るのが嫌なので行かないけれどテンプルから聞こえてくるチャンティングをバックグラウンドに朝の瞑想をしてしまう生活になってしまった。


ヨガの先生の資格を取ったばかりというここの滞在者から朝7時半からヨガを習い始めた。


朝9時から2時間セーヴァというアシュラム内のボランティア活動も始めた。


空いた時間はインフォメーションセンターに売っていた日本語のアンマの本を読んでいる。


アンマのメッセージはラマナマハルシの教えと被る。


もともとヒンドゥーの教えなのでパクった訳でもなかろうが。

現代人に分かりやすいようにいろんな表現を使っていろんな種類の人々にあわせて千差万別に説明されているので関心しながら読んでいる。


私的に興味がある部分は最近マイブームになったラマナマハルシのキメ台詞「真我」についてだ。

インド古代の聖典によると、自分というのは純粋な意識であって肉体というのは幻想に過ぎない。

こういうこといきなり言われても「は?」って感じだが科学的にも説明できている。


ハイゼンベルグの不確定性原理によると観測者が観測していないとき素粒子は形を持たない。

つまり意識が全ての物質を形作っている。ということだ。


科学的に説明できていても「は?」という感じだ。



そんなこと言われてもねぇ。


でも最近分かってきたような気もする。


そんなことを考えたり、何も考えない修行をしたりしているアシュラムでの生活だった。



お母さんに電話した時、今アシュラムにいるんだ~と言ったら「なにそれ、オウム真理教みたいのかい?アンタ抜けられなくなってるんじゃないの!?」


と言われてしまった。


やっぱこういうのが一般的な反応か。










アムリタプリ アシュラムの中

アシュラムには今アンマはいない。


12月の5日にアメリカツアーを終えてこのアシュラムに戻ってくる。


あと2週近くもある。


しかしせっかくだからメインのアンマを待っているつもりだ。


アシュラムではヨガを無料で習えたり、有料だがタブラも習えると聞いた。


アーユルベーダマッサージやレイキトリートメントも受けられたりする。


と聞いたので2週間退屈はしないだろうと思っていた。


が、アンマがいないこの時期人が少ないので先生も居なかったo(;△;)o。



また新しい日本人に会った。

彼女はもう7年もこのアシュラムに住んでいる。

アンマを師としてお使えしているのだ。


そういう生活はどんなものなのだろうか。

いろいろお話を伺った。

以前日本で働いていた頃は通勤に計3時間もかけていたがここでは通勤の不便さがない。

と言った。(他にもいろんなお話聞いたけど)


会社とアシュラムの生活を比べるのも変な話だと笑っていたが、よくよく考えると変でもない。


同じ会社に7年いるのとアシュラムに7年住むのとどこが違うのか。


確かにアシュラム内でははテレビは見れない、酒タバコ禁止、男女交際禁止、ほどのルールはあれど外に出れば自由に行動できる。全く自由がないわけではない。


会社で好きな仕事を充実してやってプライベートも満喫している人も沢山いるだろうが、自分が会社勤めしていた頃は、疲れてたし諦めてたし、自由時間はあっても何でも好きなことが出来ていたわけではなかった。


かなり大まかに言えば会社で上司の言うことを聞くのと、アシュラムで師の言うことを聞くの違いだ。



こういう所に居る人は究極に「人生とは何か」について考えてそれの探求の旅に出た人だろう。


正しい師についていれば真理を発見する確立は高い。

という。



私は私のかつて愛したデヴィッドシルヴィアンが師とするアンマがどんな人が学ぶ必要がある。(結局これかよ)












アムリタプリ アシュラム

11月21日


アムリタプリのアシュラムには長期で滞在している日本人も多いと聞いた。

そしてお局様がいるという前情報を得ていた。

日本人コミュニティーか、ちょっとコワいな。避けたいかも。

と思っていた。



午後5時からアシュラム内を案内するツアーがあるというの受付の前で待っていた時日本人らしき人が2人通りがかった。


何気に目で挨拶してみた。

するとフレンドリーに近づいてきてくれた。


受付の人に6階に新しい日本人が来たからいろいろ教えてあげてって言われたんだけど、その新しい人ってあなたですか?


はい。たぶん。私今日から6階に来ました。


ということで自己紹介。


お二人は親切丁寧フレンドリーにいろいろ教えてくれた。

一日目からラッキーだったなと。


ところでお局さまって、、、? というのは禁句にしておこう。











アムリタプリ

11月20日


私はケララ州に向かっていた。

最近記事が宗教がかってきているので地元の友人にはアタマがおかしくなったと思われ日本に帰っても口を聞いてもらえないのではないかと心配してしまうが、私はアンマというインド女性グルのアシュラムに向かおうとしていた。


あるトラベラーから聞いたことでぜひ行ってみるといいと言われていた。

だが本当に行くかどうかは決めていなかった。


昨日のことだ、あるブログを流し見していたら私の青春なつかしのアイドル、ジャパンのデヴィッドシルヴィアンの記事を発見した。

最近なにやってるか全く知らなかったが、その記事を見てぶっ飛んだ。

なんと彼は2005年からアンマの信者だというではないか。


これは運命に違いない!ということでアムリタプリ行き決定!


そんなミーハーな理由だけではないが。






シャクティーナラヤーニのゴールデンテンプル

11月19日



トレインの時間は午後6時。

ゴールデンテンプルにはお金を払わねば入れないし何してよう、と思いながらゴールデンテンプル付近を散歩していた。

とある売店でコーラを買った時に白人女性に話しかけられた。


その人はフランス人で以前交換留学生として京都に2年住んでいたという。


売店の前には小さなテンプルがあり、そこの偶像はとても神聖なものだと説明された。


彼女は1年前からここに住んでゴールデンテンプル関係のボランティア活動をしている。

パリ出身の写真家で、ここの怪しい教祖、シャクティーナラヤーニ、通称アンマにはニューヨークに住んでいるときにカナダで会ってそれ以来の信者なのだという。


私は宿泊所の説明からお金がかかる宗教だと思っていたと言うと彼女は全否定し非常に残念がった。

このまま私を帰すわけには行かないと思ったかとても丁寧に案内してくれた。

彼女に案内されるまま中へ入っていった。

http://www.trsiyengar.com/id123.shtml ← 英語サイト


この土地は2000年前から重要なエナジースポットで、その怪しい教祖は女神ナラヤーニの化身ということでこの世に生まれてきたのだという。


女神の化身、というがバリバリの中年インド人男の姿である。

インドでは女より男の方ががいろいろ便利なので今回は男の体に生まれてきた、。

という説明を受ける。


うむ。


そんな中年インド人を女神の化身として「彼女」と呼んでいるのに違和感を感じる。


フランス人について行くと普通のインド人が立ち入り禁止の神聖な偶像のまん前にもフリーパスで行けた。

多くの真剣なインド信者の視線を感じながらドまん前まで拝みに行かされた私は気が引ける思いだった。


フランス人は用事があったので途中で去った。

彼女の知り合いの、髪にハイビスカスの花、顔には長いつけまつげを付けて黄色いサリーを着た華やかなインドネシア人信者に私の案内を続けてくれるよう頼んだ。

彼女は7年前からの熱心な信者だ。


彼女についていくと今度は車つきで普通は立ち入り禁止の別棟にも案内された。

例の教祖のお宅の前まで行った。

プジャーの真っ最中とかでスピーカーから祈りの音楽が流れていた。


テンプルで彼女は有名人だった。

プジャーをする人、管理をしている人に挨拶され、ご神体の前に出るたびにお布施をあげていた。


横目でチェックすると、


500ルピー札(ノ゚ο゚)ノ。

3回あげていたので1500ルピー。


お金持ちなんですね。



やっぱり金のかかる宗教団体か、ということで納得しました。






ヴェロール

11月18日



次の目的地、ケララに行くためにヴェロールという街に1泊する。

ティルバンナマライのアシュラムでヴェロールに行くならゴールデンテンプルという寺の中に安くていい宿泊施設があるからそこに行くといいと言われていた。


ということでそのゴールデンテンプルを目指す。



ゴールデンテンプルと言って有名なのはアムリトサルのゴールデンテンプル。


そのゴールデンテンプルの中には無料で宿泊できるドミトリーがあったのでここヴェロールのゴールデンテンプルもそういうものだと思っていた。


ところがここには34歳の教祖がいた。


ゴールデンテンプル関係の宿泊所にてチェックインする時に教祖のダルシャンに行くことを薦められた。


パンフレットを見せられ説明を受ける。


お布施の金額が決められていた。


いろんな種類があって最低250ルピーから始まり10000ルピーに及ぶものも。


こんな多額のお布施をしなくては会うことが出来ないグルなんて信用できない。

ズバリ怪しすぎるぜ。


と思った私は一通り聞いてあげたが行くことはないだろうと思っていた。





シヴァギリ アルナチャラ山1周

11月18日


アルナチャラ山の周りは距離にして14キロ。

周りにはテンプルがたくさんあってここを1周するのは重要な巡礼ルートなのだという。


私は巡礼をしたかった訳ではないが、山頂に登ったので山周も制覇したくなった。


自転車でまわっている人も多いので最初は自転車で行こうと思ったが、なんとなく歩き始めたので歩いて行くことにした。



歩き始めてすぐに「歩道」があることに気付いた。


インドに「歩道」がある!



これはすごいことだ。


普通は大型トラック、バス、リキシャー、乗用車、バイク、牛、などが右側左側かまわずビービー言って通る道路の脇をガス、ホコリにゲホゲホ咳こんで牛のうんこに注意しながら歩いて行かねばならないのもを。


いつかは終わるだろうと思っていたがこの歩道は延々と続く。


歩道とは素晴らしいものだ。

車がいくら通っていてもこの歩道の上を歩いている以上安全なのだ。


という日本では当然のことがインドでは感動ものである。


なんてやさしい巡礼ルートだろう。

前2日の激しいルートとは大違い。楽勝だ。


と思いながら右側にアルナチャラ山を見ながら延々と歩いていた。


インド旅行記   ← テンプルの後ろにアルナチャラ



インド旅行記   ←いい感じの牛



インド旅行記  



途中雨が降ったがちょうど茶店で休んでいたので濡れずに済んだ。




だがぐるっと一周の寸前、バスステーションの手前にて挫折した。

歩道が無くなってカオスな道を歩かねばならなくなったからだ。


上記のインドな道+下水に溢れた水溜り。こんな道歩けるか、ということでリキシャーを拾って宿泊所まで戻った。


歩かなくても一周したからいいや。ということで。


テンプルはたくさんあったが3つしか入って行かなかったので巡礼をしたとも言えない。



夕食前、ラマナアシュラムへ行った。


アシュラムではマハルシの銅像の周りをぐるぐる回る歩き瞑想をしている人達がいる。


今まではそれに加わる気が起きなかったのにこの日、アルナチャラを一周してきた私はなぜかぐるぐる回る歩き瞑想をしたくなった。


私は無心でぐるぐる長い間何周も回った。


どうして私はぐるぐる回りたくなったのだろうか。


シヴァギリ(アルナチャラ1周)で不思議なエナジーを受け取りぐるぐる回りたくなったのだろうか。


今後自分の意思とは関係なくぐるぐる回ることしかできない体になってしまったとしたら嫌だ。



アルナチャラ山へ

せっかくだからアルナチャラ山に登ることにした。

と言っても気合を入れて頂上を目指す、というよりも、もう午後だし行ける所まで行ってみようと半ばピクニック気分で臨んだ。



昨日閉まっていて入れなかった第一瞑想洞窟に入ってちょっと瞑想して行く。

登山口はこちら、と誘導される。

ガイドはいらないです。一人で行きます。


シヴァの洞窟は入り込んでいているので一人では絶対に行けないよ。

シヴァの洞窟なんてどうでもいいっす。

とりあえず山の8合目くらいまで登って街を見下ろしたいだけです。


と、ガイドを振り切って進む。

ごろごろと転がってる岩に矢印が書いてあった。

これにそって行けばいいのだな。


ところがこの矢印に導かれたルートはどんどん険しくなって行った。

ゲートから瞑想洞窟までの、雑だが整備された道を想像していたのだが。

本当にどんどん険しくなっていって手を使ってよじ登らなくてはならなくなった。

矢印があるのでルートを外れてはいないのだろうが。


インド旅行記



たかが800メートルの山、となめていた。


インド旅行記


よじ登れどよじ登れど頂上は見えず。。。

アタマくらくら、息ゼーぜー、ついでに水も無くなっちゃったし。


そういや私は頂上を目指していた訳ではなかったのだ。

岩をよじ登ることに必死で忘れていた。

だがしかしここまで来たら引き返そうという気にもなれない。

頂上まで行かなければならない。


けど帰り道、ここまた通ってくのかと思うと気絶しそうになる。


困った時は絶対なんとかなるの法則、ついでに私は真我である。

と、一休みして瞑想してたらサドゥーが二人、上から下りて来た。

昨日私を瞑想洞窟で見かけたという。

シヴァの洞窟まで連れて行ってあげようか、と言われた。


アイドントマインド(どっちでもいい) など気のない答えをしたのでちょっとムッとされたが結局つれていってもらうことになった。


サドゥーではないと言うが彼らは半裸で腰にオレンジの布を巻いているだけのスタイルだ。

ちょうど私の目線がオレンジの布になっていた時一陣の風が吹いた。

ちらっとめくれたそのオレンジの布の下に○×○×


、見なかったことにしよう。


サドゥーではないなら何ですか?と聞くとジニャーニ(真我を実現した人)という。

うっそぉ。

ま、どっちでもいいけど。




まずは頂上を目指す。

もうちょっとと思っていたのにまだまだ先だった。

けれど(自称)ジニャーニが案内してくれたので精神的に楽だった。


頂上にはシヴァを祭るヤリがありそれにお祈りをして達成感を味わう。





インド旅行記   ← シヴァと妻の足跡



まさかこんな険しい道を登ることになるとは想像もしていなかったが、ギブアップすることなく無事に頂上にたどり着けたのだ。



そしてシヴァ洞窟にも案内してもらった。

ツーリスト用に整備されたラマナマハルシ洞窟と違って原型を留めたままの瞑想洞窟だった。

ちょっと瞑想してみたらと言われ石の上に座る。


インド旅行記



下り道は登りより恐ろしかった。

が、ジニャーニに導かれての下山だったので正直すごく助かった。

登ってる間、下山時のことを心配しないようにしていたが本当に心配することはなくて良かった。


ついでにRさんを喜ばせようと後から腰布の隠し撮りをしようとカメラを出したとたん振り返えられる。

超能力で心を読まれたか!

と思ったことが何回もあった。

本当に真我を知ったジニャーニに違いない。


ということでジニャーニに導かれてのアルナチャラ山頂制覇!した一日だった。


どうもありがとうございました。



インド旅行記




瞑想洞窟

なんの前知識もなしにティルバンナマライにやって来た私だが、ラマナマハルシの本を読んで感化されたのでラマナアシュラムへ瞑想しに行くことにした。

が、

やはり雑念多し↓。


周りの人を見渡すと、インド人も多いのだが白人も多い。

見た目ほとんどグルのような人から、ちょっとやば系、精神病院を抜け出してきたような人もいたりするわけで、


ここで瞑想したら真我を知ることが出来るというわけではないと断言できる。


帰りは裏口の方へ行ってみた。

すると遠くにいたインド人に手招きされた。

ここからラマナマハルシが瞑想していた洞窟に行けるのだという。


招かれるままにゲートをくぐって入っていった。


ラマナナハルシが朝瞑想していたというベンチに座らされて記念撮影。

あ、この方有料のガイドさんですね、きっと。

と思ったので今後一人で行くと言って次の洞窟に向かった。


すぐそこだと思ったのにけっこう遠かった。


途中すれ違った人にここからどの位かかるか聞いた。

15分くらいだという。

当時4時20分、出口のゲートが閉まるのは5時と聞いていたので時間がない。

今日はやめようと思ったが、その人に

ドンビー アフレイド オブ ゴーイング ゼア アローン、バグワーン(マハルシ) ウィル ガイド ユー

と言われた。

通りすがりの人に「ラマナマハルシが導いてくれるでしょう」なんて刺激的なことを言われてしまったので行くことにした。

別に一人で行くことを恐れてはいなかったのだが、洞窟はそんな恐ろしい所なのだろうか?


ところで私はその時裸足だった。

アシュラム内は土禁なので履物は正面玄関に預けてそのまま来てしまった。

洞窟への道はアルナチャラ山へ登る道の途中にあり、道は普通の山道である。


石の上を歩いてるうちはまだマシだが赤土の上の小さな石を踏んでしまうとものすごく痛い。


インド旅行記   ←こんな道
 




そして20分くらい歩いたのちに15分と聞いたが30分くらいは歩いたと思う。

精神を鍛えるにはまず素足で山に登らねばならないのだ(うそ)


途中からインド人3人組と一緒になりいろいろ話しかけて来た。

地元の人だというがラマナマハルシについてはほとんど知らないという。

やはりそういうものだ。



ようやく洞窟にたどり着いた。

が、タッチの差でゲートを閉められた。

がガーン。。


引き返そうとしたらゲートの前にいた人にもう一つの洞窟はまだ開いていると言われ誘導された。

そこから階段をかなり下りていった所に洞窟はあった。


雰囲気のある洞窟で先客が3人。

私も混じって座り込んだ。

ここなら1時間くらい座ってられるなと思った。


時間がなかったので10分ほどしか中にいれなかったが、1時間とはいわず何時間でもいれそうだと思った。

という感覚に陥った。

何時間いれたら良いという訳ではないが。



帰りはほとんど走って行かねばならなかった。

5時ではなく6時がゲートの閉まる時間だったがそれでも時間ギリギリだったのだ。

再度繰り返すが私は素足だったのである。


南インドの人は山でも町でも裸足で歩いている人が多いが、私の怠けた足にはとてもとても厳しい瞑想洞窟への道だった。





風邪治った




扁桃腺は一度腫れたら5日は熱が下がらないというのが過去のパターンだったのだが今回は2日で治った。


体調は回復したものの特に外出する気にもなれなかった。


部屋の中からアルナチャラ山を眺めて読書にふけるアシュラムでの生活を楽しんでいた。