2歳6ヶ月になる娘。1日中、ほとんど喋っている。息継ぎのタイミングすら勿体ないと思っているのか、息を吸いながら話し続けていることもある。語彙は豊かで、時に説得力のある反抗をすることもある。簡単に言えば、「生意気だなぁ。笑」と思う機会が増えたということ。
女の子というだけあって、私の妻である「母親」とはよく衝突するらしい。そんな中、昨日はその衝突が特に激しかったらしく、妻は何度も怒鳴ってしまったようだ。そして自己嫌悪に陥り、その会話の発展から、夫婦で話をしていたときのこと。会話のの中で、こんな話が出た。
「親が子どもを『叱る』んじゃなくて、『怒って』怒鳴っちゃうのって、『子どもは絶対自分を嫌わない』っていう主観的な思いがあるからなんだって。」
確かに、対・友人などの場合、「こんな言い方したら嫌がられるよなぁ。」というようなことを無意識のうちに考えながら話してるけど、子どもに対してはそれが働かないというのは一理あるかもしれない。その安心感からか、言動にフィルターがかからずに、ストレートな表現方法で子どもの対峙してしまうのは、大いにあり得ることだと思う。
叱るとは、
目下の者に対して、欠点を咎めて戒めること。
怒るとは、
激して気が荒立ち、腹を立てること。
つまり、叱る行為というのは、相手の将来を思い、その道筋を正すことを目的にしているのに対し、怒る行為というのは、自分の感情を発散させることを目的としているのである。そんな怒るという行為が子どもに良い影響を与えることは考えにくく、親として大いに反省しなくてはならないなと思った次第である。
自分が子どもの頃、大人は完璧な存在で20歳を過ぎた「おじさん」達は、すごく大きな存在に思えていた。しかしながら、27歳の自分を冷静に見つめてみると、完璧な存在などというには程遠く、また、存在の大きさも幼少の頃と何一つ変わっていないと感じる。親もまた未熟。子どもと一緒に成長していくことが、より良い家庭を築いていくための秘訣なのだろう。
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