小学生の頃。
毎年のように「新年の目標を考えよう」という企画をこなした記憶があります。

・今年は早起きをする
・今年はきちんと宿題をする
・今年は親の手伝いをする

これらの目標、だいたいが巧くいきません。
理由は簡単で。

私がよく投稿しているので、「またか・・」とお思いになるかもしれませんが。

「目的」と「手段」をしっかり考えていないんですな。
思えば当然なのですが、これらの目標って、全て「手段」なんだと思うんです。
「目的」を見据えていない。

・早起きしてどうしたいのか?
・宿題をした結果、どういう自分になりたいのか?
・お母さんなり自分が、どういう感情になるための「お手伝い」なのか?

そこまで踏み込んで「目的」を考えて。
且つ、効果を測ることのできる数値目標を入れないと。
目標に向けた原動力が、巧く発動しないと思うんです。

例えば:
・早起きして、1週間に1冊本を読了して、年間50冊の本を読む。
・きちんと宿題をして、主要3科目の成績を「4」にする。
・1日1回以上お手伝いをして、お母さんの笑っている時間を増やす。(あわよくばお小遣いも100円増やしてもらう)

ここまで設定できれば、ほぼほぼ達成できたようなもんだと思います。
教育者は、ここまで教えられないといけない。


で、何が言いたいかと言えば。
今のオリンピック招致活動って、完全に「そっち」ですよね。

「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ!」
「この感動を次はニッポンで!」

コピーとしては、きれいだと思います。
すっと頭に入るし、残りやすい。
でも、パワーがない。

もの凄く冷めた言い方をすれば
「で?」
という感じです。

ぶっちゃけ、ほとんどの人はオリンピックをテレビでみるんですよ。
その映像の先が日本だろうが海外だろうが、あまり「感動の度合い」には関係ないと感じます。

極論ですが、結局オリンピックって「手段」なんだと思うんです。
一般人にとって「目的」にはなり得ない。

では何が必要かと言えば、我々の生活が具体的にどう変わるのかを訴えること。
そこに働きかけなければ、選考項目の「国民及び都民からの支持率」は上がらないのでは?と思うのです。

研究してないのであんまりよくわからないのですが、例えば:
・オリンピックを招致したことによって、多くの外国人が日本に押し寄せ、日本人の「外国人アレルギー」がなくなることによって、海外旅行に行く人が増えて、相対的にパック旅行の値段が下がって、更に旅行に行きやすい土壌ができる、とか。
・建設業がバブル的に儲かることによって、各社の設備投資の予算が増えることで技術革新が進み、住宅建設の工賃が下がり、「住む」ことに関わる生活コストが下がる、とか。
・インフラの「英語サイン」が増え、外国人が暮らしやすくなることにより、世論が高まり外国人の労働受け入れの法整備が急激に進み、フィリピン人のメイドさんが各戸に雇われるのが一般的になって、結果的に子どもの英語力が上がる、とか。

3番目とか、私は結構、好きです。

研究してないので適当なことを言っていて「風が吹けば桶屋が儲かる」の状態ですが。
ここまで話を掘り下げないと、国民が「よっしゃ、オリンピック、カモーン!」という状態にならないと思うんです。

私個人的には、オリンピック招致にはどっちの意見も持っていません。
今の日本の状態でオリンピックを呼んだところで、日本にも海外諸国にも、あんまりメリットもデメリットもないんではないかなあ、と思うから。


写真は昨夜食べた、めちゃ美味な「あいなめ」。
ここ最近に食べた中で圧倒的上位に好みでした。

$喜界人(きかいんちゅ)を妻にした社長のB型的ブログ


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