自宅の近所にある池袋南市役所の敷地内に入った。
白い壁が滑らかな曲線を描いたドーム型の建屋内で、大勢のヒューマノイドが働いている様子がガラス越しに見える。その建屋手前の20台分の駐車スペースに、一際目立つスポーツタイプの赤い車が止まっているのを確認した。
赤い車に走って向かうと、車から降りてきたガクトが自慢気に声を弾ませた。
「見ろよこれ、かっけえだろー」
俺は息を整えつつ、赤い車に目を奪われた。
「すっげっ、まじで買ったんかよ」
「まあな、新車だぜ」
ガクトはにやけながらヒソヒソと言った。
「だってよ、お前等の晴れの日を飾りてえじゃん」
「バカ、聞こえちまう」
俺が小声で怒ると、赤い車の後部座席から、黒髪のボブが愛くるしい〝ユウア〟が降りてきた。
俺の肩くらいの身長で細身な体格の彼女には、よく似合った髪型だ。
「なーに? 私に聞かれちゃまずい事でもあるの?」ユウアは、チークを淡く塗った頬を膨らませた。
「そんなんじゃねーよ」
近藤は指で鼻を掻きながら誤魔化した。
「そういやお前等、学生証は持ってきたろうな?」
「お前には言われたくねーよ」
ガクトは〝新庄岳斗〟と記された学生証を白いスーツの内ポケットから取り出した。
「そういう輝瑠こそ、大丈夫なの?」
悪戯に笑ったユウアは、〝森悠愛〟と記された学生証を、水色の控えめなドレスに合わせた白いバッグから出して見せた。
悠愛と一緒に後部座席に座った。
振動なく走行している黒一色の車内で、ハンドルの前にして頭部で両手を組んでリラックスしている岳斗に、俺は訊いた。
「なあ、んで故障した時は、どうすんだよ」
「んあ?」
岳斗は、エアコン下のディスプレイを指さした。
「ここに警告が表示されんだよ」
と、その手を頭部に戻した。
「そしたら、ハンドルを握れば手動に切り替わる」
「へぇー、凄いねっ」
言った悠愛が左腕に絡み付いてきた。
「輝瑠も早く免許取ってよ。そしたらさ、たっくさん旅行できるじゃん」
不適にちらっと見てきた岳斗が、「新婚旅行ってやつか」と、からかってきた。
バカ、お前___と、しかめた面だけでバックミラー越しの岳斗に目で訴えた。そんな俺に、うきうきとしている悠愛が冗談を合わせるように言った。
「新婚旅行だってっ、ねえいついつ? どこ行くぅ?」
バックミラー越しの岳斗は、にやけながら俺を見詰めていた。そして、頭部に乗せている左手を、good、と親指を立てた。
自然と笑みがこぼれた。サプライズがバレていないか冷や冷やしたけど、なんと言うか、答えに近いヒントを与えられたような気がしてリラックスできた。
だから俺は、広角上げただけの笑みをバックミラー越しの岳斗に返して、遠回しに礼を告げた。
岳斗は、ミラー越しに微笑んで進行方向に目を戻した。その時だった。
《異常が発生しました。手動に切り替えて下さい》
という音声と共に、ディスプレイに警告が表示された。
「なんで?……新車だぞっ」
岳斗は苛立った様子でハンドルに手を添えた。
「あれ?……なんだよこれっ」
と、握ったハンドルを激しく揺さぶり始めた。
笑顔を消した悠愛を抱き締めながら訊いた。
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
「おかしいっ、手動にならねーっ」
岳斗はハンドルに力を込めながらブレーキペダルを懸命に踏みつけている。しかし、車は止まるどころか加速しているようだ。
恐怖を感じた。それは悠愛も同じなのだろう。俺にしがみ付いた悠愛の震えが肌に伝わってきている。
「おいっ、何とかしろよっ」
俺が声を張り上げると、岳斗は怒鳴り返した。
「やってるよ!」
車は更に加速した。重圧で座席に押し付けられながらも窓の外に目をやると、凄まじく流れる風景と共に空気を裂くような音がへばり付いている。
前方を見て息を呑んだ。前で走行していた車に猛スピードで接近しているのだ。
「ざけんなよっ」
俺は悠愛を守ろうと強く抱き締めた。その瞬間、叩き付けられたような強烈な衝撃に体が弾かれ、何かの衝撃が右肩を貫いた。右肩が強制的に変形させられてしまったかのようで激痛が走っている。
悠愛は無事なようだ。俺の胸に頬を埋めてしがみ付いている。ただ相当怯えていると分かる。全身だけではなく、吐息までも震わせている。
「おい岳斗っ、サイドブレーキを引けよっ」
そう怒鳴った俺は、血の気が引いた。
岳斗が、ハンドルに蹲るような姿勢で気を失っているのだ。
進行方向へ目を向けて絶句した。
更に加速した車が、猛スピードのまま曲線を直進し壁へと突進しているのだ。
あっ!……と声を呑む間に、さっき以上の凄まじい衝撃に弾かれたと同時に、視界は闇に閉ざされた。
1、文明の盲点③へ~