※ ※ ※
何が起きているのかよく分かっていないけど、これしかないと思った。
あのまま放置してたら犠牲は広がるばかりだったろうし、何より、あんな悲惨な光景を見ていられなかった。
だから能力を使おうって思ったの。私は特別な人間。それは一昨日、城崎さんに言われたばかりで自覚もしている。
あの時の講習会で城崎さんに教えてもらった遠隔能力、それを発揮すれば、止められるかもしれない。そんな考えが過ったら、無意識に体が動いていたの。
私は、本当に進化した人間なんだなって痛感させられたよ。だってね、五台の車を遠隔能力で持ち上げているけど、全然重くないんだ。
スポンジ程度の重さにしか感じない。目には見えない透明な網で捕獲しているかのような感覚で、このまま私の力加減では、破壊するも転がすも自在に操れるような感触なんだ。
この感覚を信じようと思った。あの車がなんで暴走しているのか、そんなことは分からないけど、たぶん、解放したらまた暴走しちゃうような気がするから。
ロータリーで逃げ惑っている人達は、宙に浮いている車両からできるだけ離れようと足を急がせている。
人混みの中の空洞が滲むように広がってゆき、僅かだけど、本来のロータリーの姿が見えている。
これなら危害はないと思った。だから私は、このまま車を破壊しようと決めた。
私は両手を力一杯に振り下ろした。その瞬間、遠隔の先に神経があるような僅かな圧力を感じた。
直に触れている感覚ではない。布団のシートを広げた時の、空気抵抗に近い感触だ。
宙に浮いていた五台の車は、その空気抵抗に引っ掛けられたように凄まじい勢いで落下し、地面に叩きつけられると破片を拡散させながら炎へと姿を変えた。
と、それも束の間。
ロータリーの奥から、炎を潜り抜けてきた二台の車が現れた。こちらに迫ってきている。
悠愛は左手を突き出して〝止まれっ〟と念じた。
二台の車は透明な壁に衝突したかのように接近を止め、私が左手を上空へ持ち上げると宙に浮いた。
と、今度は、煙を掻き分けながら三台の車が、ロータリー手前の車道から押し寄せてきた。
右手を突き出しながら念じると動きが止まった。先程と同じく、そのまま上昇させた。
左右のどちらの感覚も、やっぱり軽い。それに、自在に操れそうな感覚も変わりない。
私は、そのまま目一杯の力で両手を交差させた。と、左右の上空で浮いていた車両たちは、引き寄せられた磁石のような勢いで衝突し合い、空中で瞬く間に広がった炎と共に塵となった。
※ ※ ※
近藤には、愕然と見詰めることしかできなかった。呼吸をしているのか、それさえも自覚できないほどに動揺している。
舞い上がった炎を前にして立っている悠愛の背中を見て、本当に、あいつがこれを……と、信じられずにいたからだ。
俺にとってはショックなようなものだった。だって、暴走していた約10台もの車を、触れずに一瞬にして破壊してしまったその姿は、人間のものではないように思えたからだ。
進化した人間と普通の人間の境界線が、目に見えてしまったような気がした。そしてその境界線には、透明な分厚い壁があるようで、直ぐ目の前にいる悠愛の背中が、遠くに思えた。
炎はどす黒く濁った煙へと姿を変えた。瞬く間に辺りに充満し、霧のように視界を濁した。そんな煙に隠されてゆく悠愛の背中が、このまま手の届かない場所へと行ってしまうように感じられた。
和太鼓を叩いたような轟音が鳴り響いた。轟音は、やまびこのように遠くへと渡っている。
霧のような煙の奥へと目を凝らすと、ロータリー奥の車道から迫り来る三台の車が薄く見えた。気のせいか、一人の人影が立ち構えているように見える。
いや、気のせいじゃない。誰だ!……。
女ではない。肩幅からして男だと分かる。
しかもその人影の男は、迫り来る車両たちに向かっているようで、彼が一台の車にアッパーパンチのように腕を振り上げると、車は衝撃音と共にダンボール箱のように宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられて大破した。
さらに人影の男は勢いのままに走り出し、横を通過しようとした車の脇腹部に前蹴りを貫いた。と、おはじきのように弾き飛ばされた車は、そのままビルの下に突っ込んで、轟音と共に炎が舞い上がった。
そして人影の男は、残る一台の車を両手で受け止めて動きを封じた。
その間もなく、
ロータリー手前側の車道から大型トレーラーが現れた。加速したままテレポートステーションへと急転回した。と、その動きがぴたりと止まった。
ふと目を逸らすと、悠愛がトレーラーに目掛けて右手を突き出している。
その隙に人影の男が、受け止めていた車をピッチャーのようにぶん投げた。すると、豪速球と化した車が突き刺さるようにトレーラーに衝撃し、真っ二つに変形しながら炎を拡散させたトレーラーは、突き刺さった車と共に大破した。
またも呼吸を忘れてしまうほどに愕然とした。〝神〟が降臨してきたかのような光景だったからだ。
神の力と言うべきは、一切触れずに暴走車を一掃してしまった悠愛の方だ。ならば、あの人影の男は〝ヘラクレス伝説〟と言うべきか、桁外れな力が人間のものではない。
人影の男がこちらに走ってきている。何やら叫んでいるようで、片手を、あっち行け、という風に振りながら接近してくる。
その姿は焦っているようにも見える。もの凄く早い。車よりも速いような気がする。なんだ?……。
煙でぼやけていた彼の姿が、瞬く間に鮮明になってきた。
白いズボンを穿いている。上着は黒か?……ん?……短い金髪、小麦色の肌をした顔……嘘だろ!……。
視界からの情報を疑った。まだはっきりとした顔は見えないが、俺には分かる。
あれは、岳斗だっ!
「岳斗っ、お前なんで!」
俺は溜まらず声を張り上げた。
「お前らっ、早く逃げろっ」
新庄岳斗の叫び声が微かに聞こえた。
はあ?……。
凄まじい速度でこちらに走ってくる岳斗の背景に目が移った。大地を揺らすほどの轟音と共に、何かが近付いてくる気配があったからだ。
目を凝らして息を飲んだ。霧のような煙に覆われた上空に、突如、円盤形の大型旅客機が姿を現したのだ。しかも、速度を緩めることなくテレポートステーションへと急降下している。
ロータリー広場にいた人々が一目散に散り散りとなってゆく光景を前に、何かを押し込んでいるかのような体勢で両手を突き出している、悠愛の後ろ姿があった。
「バカっ、逃げるぞ悠愛っ」
俺は悠愛の元へと急いだ。
※ ※ ※
私はどうしても止めたかった。だってこのままじゃ、みんな死んじゃうって思ったから……。
でも、全然止まってくれないの。さっきの車とは桁違いの力で凄く重い。
〝止まれっ止まれっ〟て強く念じて全力で止めようとしているのに、びくともしない。
何て言うの、私が能力で何重にも重ねて張った透明な壁を、突き破って来る感じで、その壁が破られる度に圧力が凝縮されてくる。少しでも力を緩めたらその圧力に飛ばされそうで、なんとか抵抗はしてるけど、裂けてしまいそうな傷みが走っている筋肉は、もう限界。
でも諦められなかった。だってここで諦めたら、貴方、輝瑠を守れないって思ったから……私はどうなってもいい。だけど、輝瑠だけは、どうしても守りたかった。
「お願い!___止まってーっ」
私は咆哮のような声を張り上げた。その時、背後から抱き込まれた。
※ ※ ※
もうダメだと思った。だから俺は、悠愛を引き込んで逃げることにした。
悠愛の気持ちはよく分かる。未知の力があるのなら、その力で何とかしたいと思うのは当然かもしれない。
「放してよーっ」
そう叫んで睨んできた悠愛の表情を見ても、そういった思いが強くある事を物語っている。
けど悠愛、俺の身になって考えてみろよ。俺は一度、お前が夢を諦めた姿を目の当たりにしているんだ。
それをまた目にしろって言うのか……そんなの酷だろ。
右腕内部に、また異様な熱を感じ始めた。圧力のような何かが腕の内部から膨張してくる。そんな違和感か増してゆく右腕には気にも止めず、俺は悠愛を抱え込んで走った。
恐竜の叫び声のようなエンジン音が聞こえた。悠愛を抱えたまま背後を見ると、円盤型の大型旅客機が、空気を裂くような勢いのままにテレポートステーションへと突っ込んだ。
その途端、瞬く間に膨れ上がった炎が、猛烈な爆風に乗って大勢の人を巻き込みながら押し寄せてきた。
俺は悠愛を庇うように抱き締め、炎に背を向けた。その爆風に体を持ち上げられ、灼熱の熱気が急激に接近してくると、炎が地面をえぐりながら迫ってきた。
頼む、悠愛だけでも!……
死の覚悟を固めた輝瑠は、悠愛の温もりを肌に記憶させるように抱き締めた。
その時だった。
背後から誰かに抱え込まれた瞬間、風を切るような速度の圧力が進行方向から圧し掛かってきた。
まさか、岳斗か!?___。
そう直感したが、振り向く間もなかった。直ぐそこまで迫ってきていた炎に囲まれて、視界が塞がれてしまったからだ。
4、分かれ道①へ~