渋滞に巻き込まれた。都庁と隣接した白いピラミッド型のテレポートステーションへと車列が続いている。しかも、片側四車線の広い道路には、埋め尽くさんばかりの人で混雑しており、もうこれ以上は先には進めない。

    ここもかと思った。家からここまで来る間に、10ヶ所以上のメトロ出入り口を通過してきたが、その全てが混雑していた。どうやら、地下へと列を並べている様子だった。
    こんな状況は初めてだ。不安になった。でも、連絡がつかない悠愛を放っておく事はできず、何とかここまでやって来た。
    行く手を阻んでいる全ての車両は、乗り捨てられているようだ。テレポートステーション周辺で混雑している人混みへと、車から飛び降りた人達が走ってゆく光景が目に映った。

    不安が込み上げてきた。イブだからか?……と心を紛らわせようとしたが、そんな様子には見られない。我先にと誰もが血走っている様子だからだ。
    悠愛の顔が瞼の裏に浮かんで血の気が引いた。
    あいつは、大丈夫なのか?……。

    俺はエアホースランを乗り捨てた。

    混雑している人だかりの中を、掻き分けながら強引に直進した。
    抵抗してくる奴もいれば怒鳴ってきた奴もいたが、そんな奴等の事なんてどうでもいい。俺は只々、悠愛のことだけが心配で仕方なかった。
    人混みに隠されていたクリスマスツリーの姿が見え始めた。あそこだ!
    悠愛がいてくれてることを信じて、人に揉まれながら直進した。

    無我夢中で先を急いだ。大勢の人はテレポートステーションへと流れており、流れに逆らって進むにつれて、抵抗が弱まってくると、薄れゆく人混みの隙間から、クリスマスツリーの傍で立っている悠愛の姿が見えた。
    ほっとしたが、様子がおかしいことに気が付いた。
    悠愛はスカートやワンピースといった女の子らしいファッションが好きな女だ。だからイブの日の今日は、どちらかのファッションで来ると思っていた。だけど目に映った悠愛は、黒のチノパンを穿き、白のインナーに赤いダウンベストを羽織ってボーイッシュな服装をしている。
    それに、表情もどこか冴えない。
    一昨日、城崎さんの講習会後に今日の約束をした時は、待ちきれないとばかりの笑顔を見せていたのに、ツリー傍にいる悠愛は不安気な面持ちで辺りを見渡している。

    無理もないと思った。このような状況は初めてなのだから、誰だって不安になる。
    申し訳なく思った。こんな異常時に悠愛を一人にさせてしまった。最低だ……。 
    そう自分を責めた近藤は、悠愛の元へと足を急がせた。



       ※       ※       ※



    私は不安を胸に、近藤輝瑠を待っていた。
    待ち合わせの時間9時に来ないのなら、もしかしたら、先に行ったのかもしれない。それならまだ安心できるけど、もし、ここに向かっているとしたら、私がここから離れる訳にはいかない。
    通信機器が使えず輝瑠の行動が分からないからこそ、私はこの場から動けなかった。

「おい、悠愛ーっ」

    輝瑠の声だ!……
    私は即座に声の方へ目を向けた。

    強ばった表情で走ってくる輝瑠の姿を見て、ほっとした反面、がっかりとした自分もいた。何故なら、貴方には、先に行ってて欲しかった、と思っていたからだ。

    今朝早く、政府から緊急通達があった。その通達は白い封筒の中にあり、物資用テレポート装置を通じて全国的に送られたらしい。
    私は、その通達内容を読んで怖くなった。血の気が引いてしまう内容が記されていかたから……。


『全国民に告げる。本日12月24日午前10時までに、各メトロ地下シークレットフロア、もしくは、各テレポートステーションに直ちに集合せよ。
    急遽、宣戦布告が出された。我が国を含めた全世界が、戦火に包まれることが確実となった。よって、上記の場所へ到着次第に国の職員の誘導に従ってもらいたい。一人でも多く、安全な場所へと輸送する。
    ただし、一つだけ約束してもらいたい。この通達内容を、ヒューマノイドには断じて告げてはならん。もし、一人でもこの指示を無視した者がいたならば、大勢の命が消滅することになる。  
     内閣総理大臣、泉俊明     』


    このような避難勧告を突然突き付けられたら、誰だって正気を失う。ロータリー広場で殺気だっている人達の様子を見ても、仕方ないと思っている。
    だから、こっちに向かってくる輝瑠の姿を見てショックだったの。避難していない事が分かったから……。
    でも、安心している私もいる。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないって、そう思っていた部分もあったからだ。
    後者の思いが込み上げてきた。会えてよかった。という思いが、貴方を恋しく思っていた心に火をつけた。
    だから私も走った。一秒でも早く触れたくて、吐息を感じたくて、向かってくる輝瑠の胸に飛び込むようにしがみ付いて、強く抱き締めた。

    輝瑠の愛をすごく感じたの。
    だって貴方は、こんな危機的状況の中、自分の身を二の次にして、私に会いに来てくれたから……。



       ※       ※       ※



     脇腹から背中に絡んできた悠愛の手の力が、いつも以上に強かった。離さんとばかりに引き付けてきている。
    心細かったのだろうと思った。俺の胸に頬を埋めてしがみ付いている悠愛が、小刻みに震えているのが分かったからだ。

    俺は最低な男だと反省した。こんな異常な時に、愛する人を一人ぼっちにさせてしまった事は、彼氏として失格行為だと自分を責めた。
    だから俺は、そのような反省の意を込めて、震えている悠愛を包み込むようにして抱き締めた。
    会えてよかった。不安にさせてごめんな……という感情が、悠愛を包んでいる手に更に力を込めさせた。

    また右腕が熱くなり始めた。気のせいか、いつもより熱く感じる。内側から何かが膨張しているかのような感覚だ。
    何だよこれ……。
    違和感に気を取られたが、そんな心配よりも悠愛への思いが増し、熱く感じる右腕のことは放っておいて悠愛を抱き締め続けた。
    しばらくすると、熱かった腕は通常へと冷えてゆき、内側からの膨張も静まった。
    ほっとした。その時だった。ロータリー広場辺りから、何人もの悲鳴が轟いた。

    咄嗟に向けた目を疑った。
    ロータリーを埋めていた大勢の人達が、水溜まりの小波のように一斉に八方に走り出したかと思えば、所々で、息を吹き掛けられた砂のように飛ばされている人達の姿が目に映ったのだ。

    嘘だろ……愕然とした。

    散らばるように一目散に逃げ出している人々の隙間に見えたのは、人間を埃のようにはね飛ばしている車の姿があった。
    しかも、ドリフトのように暴走している車は一台だけではない。
    赤や黒、白や黄色といった車両が隙間から僅かに見え、逃げる人々を追うように追跡して跳ね続けているのだ。

    何だよこれ……。何もできずにいると、そんな俺の腕を振りほどいた悠愛が、ロータリーへと走り出した。

「待て悠愛っ、あぶねーぞ」俺はすかさず追いかけた。
    しかし悠愛は走り続け、立ち止まると、ロータリーへ向けて両手を突き出した。

    俺の追う足は止まった。何故なら、悠愛が両手を突き出した途端、暴走していた全車両がぴたりと動きを止めたからだ。
    いや、止まったわけではなさそうだ。加速しようとしているのか、電動音が甲高い音で唸っている。

    まさか、と思った。あいつ、遠隔能力を……。
    その読みは的中していた。
   
    悠愛が突き出している両手をゆっくり上げてゆくと、動きを止められている五台の車が、その悠愛の手の動きに沿って上昇し、宙に浮いたのだ。

    その宙に浮かされた車両を視界に納めて、息を飲んだ。
   人に隠されていて分からなかったが、赤、白、黄色、黒、青といった車両の中には、人が乗っておらず、無人だった事が分かったからだ。









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