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信じられなかった。でも信じるしかない。だって、ピンクのおしゃぶりははっきりと見えたし、思い通りに自在に動かせた。
輝瑠は引き吊った眼差しで私を見上げているけど、当の私が誰よりも驚いているんだよ……。だから、自分の手を見詰める事しかできなかった。
この手が、あれを?……。
「どうです?」
城崎は微笑みながら言った。
「先程の力は、遠隔能力と言います。使い方によっては驚異ですよね……ですがもう一つ、忘れてはならない能力があります」
もう一つ?……
しかめた表情だけで問い詰めた私に、城崎さんは穏やかな口調で言った。
「テレパシーです。この能力は、残された元の脳の割合は関係なく、人工脳を埋め込んだ者同士なら、誰でも使える能力です」
私は小麦色の肌をした岳斗の横顔を見詰めた。
岳斗が、俺も?……という風に自分を指さすと、
「そうです、君もです」
と、城崎は続けた。
「皆さんもお持ちになっているアクセサリー型通信機器。電話もできればメールもできる。ネットやテレビ画面も浮き上がらせる事のできる優れものです……まあこれは、過去のスマホやパソコンが進化した姿でもありますが、この機器を使わずとも、相手にメッセージを送る事ができるのです」
「どんな仕組みなんすか?」
岳斗が問うと、
城崎さんは微笑みながら言った。
「嘗てのスマホと同じ仕組みです。人工脳にはその通信機器の機能も含まれている。それだけです……自分が伝えたいメッセージを相手の顔を思い浮かべながら念じると、嘗ての言語障害者の為の脳波を文字に変えるという技術を、言葉に変換し、その言葉が発信され、相手の人工脳が受信する……これが、テレパシーの正体です」
「なるほど……」
誰かの呟きに頷いた城崎は、微笑みを消して表情を引き締めた。
「このように、人工脳を埋め込んだ人間は、こういった様々な能力を引き出せるのです……この姿こそが、進化を遂げた人類の姿……そしてこの進化を遂げた人間たちが、我々人類の未来を救うのです」
と、難かった表情をにこやかに解いて、明るい声をマイクに通した。
「さあ、これまでが人工脳に関するお話でしたー。私の講習会は、もう終わりでぇーす」
会場内が拍手に包まれた中、私も拍手をしながら椅子に座った。
城崎さんは、爽やかに笑ってピエロのような陽気なお辞儀をすると、
「まったねー」
と、手を大きく振りながら壇上からはける為に、舞台裏へと歩き出した。
あれほど難しい話をして、険しい表情を時折見せていた雰囲気をあっさりと変えた姿を見て、不思議な人、と思った。
怖くなった事もあったけど、その緊張感は城崎さんの明るい笑顔を見て和らいだ。だから私は、私がこうして生きていられるのは貴方のお陰、という思いを込めて、拍手を送り続けた。
すると城崎は、笑顔の中に潜めた険しい眼光を、歩きながら私に向けた。
(君たちの力が必要だ……)
城崎さんの声が、頭の中で響いた。
え?……血の気が引くように固まってしまった私を他所に、城崎は、その険しい眼光をまた笑顔に隠して、何事もなかったように舞台裏へとはけて行った。
私は輝瑠へ視線を向けた。笑顔を浮かせながら拍手を送り続けている輝瑠の向こう側で、岳斗が強ばった眼差しを壇上に固定したまま硬直している。
岳斗も聞こえた?……
と、思っていると、険しくなった視線を向けてきた岳斗が私に頷いた。
テレパシーだと気が付いた。人工脳を埋め込んだ人にしか使えない能力、テレパシーだけなら岳斗でも使えると聞いたばかりだ。
岳斗は、緊張を解くように笑いながら輝瑠の肩に腕を絡ませた。
「じゃあよ、腕だけのお前は能力を使えねーんだな」
「うるせーな」と、岳斗にちょっかいを出している輝瑠を見て、改めて思った。
そうだよね。輝瑠は右腕だけ……腕と脳を連動させる人工知能のシステムはあるみたいだけど、人工脳は埋め込められていないって聞いている。
じゃあ、さっきの声は聞こえていない。
私は、また宿ってきた不安感を振り払うように、輝瑠をからかった。
「輝瑠の事、遠隔しちゃっていい?」
「はあ、まじでやめろよ」
輝瑠は本気で警戒しているようだ。
だから私は、
「冗談だよ……たぶん」
と笑って、込み上げてくる不安を誤魔化した。
3、未知の力①へ~