※ ※ ※
私は怖くなった。じゃあ私は、進化した人間?……て思ったから。
だから思わず問い詰めちゃったの。
「そうですよね。君が不安になるのも無理はありません。突然に進化した人間だと突き付けられたも同然ですからね」
私が頷きだけを返すと、城崎さんは薄く笑って続けた。
「説明よりも、見てもらった方が早いかもしれませんね」
え?……と声を呑んだ私を、城崎さんは体を半身にして指さした。
「君の隣の男の子、彼に手伝ってもらいましょうか」
「輝瑠に?……」私は輝瑠を見下ろした。
※ ※ ※
「はあ?……俺?……」近藤は戸惑った
悠愛も意味が分かっていないのだろう。きょとん、とした表情で俺を見下ろしている。
「何を?……」
と問い掛けた俺に、城崎は笑顔で言った。
「君が思い浮かべたものを形にして下さい。何でもいいです。記号でも文字でも絵でも、全てを混ぜたものでも」
はあ?……と顔をしかめた俺に、岳斗が紙とペンを渡してきた。
面倒に思ったが断れる空気感ではなく、仕方なく紙とペンを受け取って従うことにした。
この流れは俺が書いたものを言い当てる感じだなと直感し、少し悪戯心が芽生えた俺は、文を書く事にした。絵でも記号でもない。文字ではあるが一文字ではない。文にした文字なら全部は当てられないだろうと思ったからだ。
だから俺は、『今日の晩御飯は何かな? ハンバーグがいいな』と、講習会とは全く関係のない文を書いた。
「お前、それはひでーな」
と、笑いながら小声で言った岳斗に悪戯な笑みを返してから、城崎に言った。
「できましたよ」
すると城崎は、薄く笑ったまま答えた。
「私はハンバーグよりも、旬な素材を使ったブリ照りがいいですねぇー」
俺は驚いた。周辺にいる生徒達がざわつき始めると、空気感が連動してゆき、会場内全体がざわついた。
※ ※ ※
私は思わず、え!……と声が張り出そうになった。
輝瑠が驚くのも無理はないよ。だって、城崎さんが指定した絵でもなければ記号でもない。文字は文字でも文だし、見えていなきゃ内容の把握なんてできるはずもない。
「城崎さんは、超能力者なんですか?」
私は堪らず訊いた。
「ええ、まあ……元々は普通の人間でしたがね」
「え?」
「簡単に言うと、意図的に超能力者になった……て事です」
「意図的に?……」
私が呟くと、
城崎さんは自分の頭を指さした。
「私の頭の中は、元の脳を70%残して、30%は人工脳でできています」
と、指さしていた手を下ろした。
「人工脳には、記憶をデータとして残すという機能の他にも、脳を活性化させる機能が含まれているのです」
「まさか、脳の余力を?……」
と、問い掛けたどこかの女生徒に、
「ええ、そうです」
と、城崎はにこやかに言った。
「障害者を障害者としない目的が最優先だったのは当然なのですが、その他にも、人工知能に負けない人間を生み出すという目的もありました……まさに、人間を進化させるという目的ですね」
「でも、何故進化する必要が?」
どこかの男性生徒の問いに、
城崎はまた表情を引き締めて語った。
「人間が地球上の生物の中で頂点に立てた理由は、他の生物よりも知能が優れていたからです……その知能が成長するにつれて、文明が誕生してゆき今に至る……という訳ですが、先程申したように、その知能は人間が作り出した人工知能に越えられてしまっている……つまりは、人間以上の〝生物〟を生み出してしまった。という事です……」
と、一息ついて続けた。
「彼等を生物と呼ぶ理由は、既に、ヒューマノイドの製造をヒューマノイドが取り組んでいるという状況が、彼等を生物と呼ばざるを得ない状況だからです……生物とは生命を産むことができなければ生物と認められないのが、生物学の基本ですが、彼等人工知能は、人間の技術をまとめたデータから、もはや人間の指示なくして、ヒューマノイドを製造できる……これは生命を産むことができている事を意味しており、〝新たな生物〟の誕生を意味しています……簡単に言えば、知能がより優れた生物がこの地球上には存在してしまい、知能が武器だった人類は頂点ではなくなる危険がある。それは知識だけではなく、体力にも差があり、人間の生活には欠かせない仕事までも、彼等人工知能を搭載したロボットに奪われてしまっている……その為、知識も体力もその人工知能を越えなくてはならず、人類が更なる進化を遂げる為に作られたのが、〝人工脳〟という訳です……これが理由です」
私は怖くなった。城崎さんの緊迫感を漂わせた雰囲気と話の内容から、危機感が肌に伝わってきたからだ。
「でも、オーバーヒートは?」どこかの女生徒が問うた。
「人工脳が補ってくれます」城崎は答えた。
私は、まさか、と直感した。
「もしかしてですけど……」
気付けば問いかけていた。
「その人工脳を生み出せた発想や知識も、人工脳によって引き出された能力……そのお陰ですか?」
「さすがは進化した脳は気付くのが早い……まさにそうですよ」
城崎は言った。
「東海林博士が初めの数式を発見するまでは、汗に血が滲む程の努力が項を制したという形ではありましたが、それからというものは、跳ね上がったスーパーボールのように急展開してゆきました」
私は城崎さんの言葉を待った。会場内全員もそうなのだと思う。静寂が彼に問い詰めていた。
城崎は、その無言の問いかけに答えるように口を開いた。
「初めの発見は、脳の能力を30%から40%までしか引き上げられないものでした……ですが博士は、その人工脳を自らの脳に埋め込み、これまで見えなかった10%の中で、また新たな数式を発見されたのです……そしてまた人工脳を入れ替えて更に発見し、そして更に上へと発見を繰り返して、私の中にもある人工脳へと辿り着いたのです」
と、ここまで言うとまた私を指さした。
「君の頭の中にある人工脳も、私の中にあるものと変わらないと思います。ちなみに聞きたいのですが、君の元の脳は、何%残されているのですか?」
私は退院時の事を思い出した。
確か、ドクターはこう私に言っていた。
『損傷部周辺の脳だけを入れ替えて、元の脳は、80%残しておきました』
と……。
私はその記憶を言葉にした。
「80%……」城崎は少し驚いたように言った。「それは凄い……最新型ですね」
「あの、すいません」
岳斗が口を挟んだ。
「さっきから気になってたけどさ、じゃあ、俺もっすか?……この悠愛と同じ事故で、俺は一度死んじまったけど、全身人工機器だって聞いてっからさ」
「そうですか……」
城崎は力なく答えた。
「生憎ですが、君の場合は脳の未知の力を発揮させる事はできません。脳の余力を引き出すには、元の脳が50%以上残されている事が条件なのです……一度死んでしまった君の場合、僅かな脳の細胞を残して、99%以上が人工脳ですからね……」
「そうすか……」
岳斗は視線を落とした。落ち込んでいる様子だ。 しかし城崎は、そんな岳斗を庇うように付け加えた。
「ですが君の場合は、不老不死の肉体となっている……一度死んでしまった細胞、筋肉や心臓、脳も全て、私が開発した人工機器で再現されて蘇っていますからね……まさにこれが、進化を遂げた人類のもう一つの姿……人工脳が、脳の余力を引き出して知識を向上させるものならば、その人工機器は、体力を向上させてロボットを越える為のもの……ですから君には、別の能力が眠っています」
「別の?……」
岳斗のその問いには、
城崎は「ええ」と不適な笑みを返しただけで、それ以上は語ろうとしなかった。すると、
「そうそう」
と、閃いたように私に言った。
「君の能力を開花させてみましょうか。そうですね……」
少し考えてから口を開いた。
「私の内ポケットに何が入っているか、透視してみて下さい」
急展開すぎて戸惑った。だって、いきなり透視しろって言われても、そのやり方が分からないから……。
※ ※ ※
そりゃ焦るよな、と近藤は思った。急に言われても直ぐにできるものじゃないだろうし……。
そう考えると腹が立ってきた。困った様子で突っ立っている悠愛を見て、可哀想に思えてきたからだ。
だけど悠愛は、意を決したように表情を引き締めて「どうやって?……」と問い詰めた。
「念じればいいのです」城崎はさらっと答えた。
「分かりました、やってみます」
悠愛は強く瞼を落とした。
俺は悠愛を見詰めた。本当に念じているのだろうか、瞼を強く閉じすぎて口までも尖らせている。
そんな悠愛を見ていたら、かわいいな、と思ってしまい頬が綻んだ。口まで力を込める事はないだろ、とからかいたくなったからだ。
すると悠愛は、はっとしたように目を開けた。その表情は、信じられない、と言っているかのように見えた。
「まさか、見えたのか?……」
俺が問うと、悠愛は小刻みに首を縦に揺らした。
「何を?……」
更に訊いてみると、
「おしゃぶりっ」
と、悠愛は言い放った。
おしゃぶり?……その言葉を脳内で繰り返して、急激に笑いが込み上げてきた。
「はあ、赤ちゃんの?……何言ってんだよ悠愛」
「本当なんだって、ピンクのおしゃぶりっ」
悠愛の目付きは本気だ。
俺が耐え切れずに吹き出すと、それが切っ掛けとなって会場内は一気に笑い声に囲まれた。
真っ赤な顔をしてふて腐れた様子の悠愛を見て可哀想だと思ったが、笑いを堪える事ができなかった。
「進化を目の当たりにした感想は、いかがなものですか?」
マイクを通した城崎の声が響き渡った。
え?……城崎さんに目を戻すと、彼は内ポケットからピンクのおしゃぶりを取り出した。
嘘だろっ……息を呑んだ。
それは会場内全員がそうなのだろう。先程までの賑やかな笑い声が沈黙となり、やがて、どよめきへと変化した。
「ほらーっ、言ったじゃんっ」
と、黒髪のボブヘアーを揺らしながら頬を膨らませた悠愛を他所に、
「こんなものは、まだ序の口です」
と、城崎はピンクのおしゃぶりをその場に置いて、そこから離れながら言った。
「では、今度はこのおしゃぶりを触れずに動かして下さい。同じく念じればできますから」
俺は悠愛を見上げた。彼女はもう一度瞼を強く落とした。
また口までも力を込めているが、まさかな、という思いが緊張を生んで笑う気にはなれなかった。
悠愛は瞼を鋭く持ち上げると、睨み付けているおしゃぶりに目掛けて右手を突き出した。すると、そのおしゃぶりが宙に浮いた。
さらに悠愛がその右手を右にスライドすると、宙に浮いているおしゃぶりが、手の動きに沿って右へ勢いよく飛んだ。
しんとした会場内に、おしゃぶりが床に転がる音がこだました。
まじかよ……
目の疑いようがない光景に、俺は、息を呑む事しかできなかった。
2、人間の進化④へ~