2045年、12月22日___。

   あの事故から約二週間が経ち、近藤輝瑠はクリスマスイブを目前に心を踊らせていた。
   俺は一週間と少しで退院した。右腕はすっかり完治している。ただ、異様に熱くなる事が頻繁にある。
   一応病院で診てもらった。すると、ドクターに〝不良品〟だと言われた。
   そんな事はあるのかと尋ねると、製造工程上不良品は稀に出る事があるらしいのだ。だけど、チェックラインを通過する際に除外される為、通常は市場には流れないようになっているのだが、どうやら俺には、工程ミスなのか、その不良品が回ってきてしまったということだ。
   ドクター曰く、電磁波が微量に漏れており、生活に支障をきたす恐れがあるからと、年内に交換手術を施す事になった。
   だからか、異様な熱を持つ右腕の事はそこまで気にしていない。それよりも、イブの日が待ち遠しくて仕方ない。

   そんな近藤は、休憩時間で賑わっている学校の廊下を歩いていた。

「おい輝瑠、明後日だな」
   からかうように言った声が、俺を呼び止めた。

「うるせーな」
   目を向けた先には、〝新庄岳斗〟が立っていた。

「ふられたらどうすんだ?」
   岳斗が悪戯に笑ってからかってきたから、
「お前の車が壊れなきゃ、今頃はよ」
   と、嫌味風を吹かせて言ってやった。

   事故のせいでできなかったプロポーズを、明後日、クリスマスイブの夜に実行すると、予定を組み直しているのだ。

「まあ、そう言うなよ」
   岳斗がニタニタ笑いながら俺の肩を叩くと、その背後から、頬を愛くるしく膨らませた〝森悠愛〟が近付いてきた。
「まーた隠し事?」

「あ、いや、その……」近藤は誤魔化した。「そういや、そろそろ講習会の時間だよな……城崎さんのさ」

「そうだね」悠愛はふて腐れつつ言った。

〝城崎了〟と書いて〝シロサキ   リョウ〟さん。彼の名前を聞いて知らない人は、この時代にはいない。

   2000年前半頃から、人工知能を搭載した医療機器の開発が進み、多くの障害者が救われてきたと授業で習った。義手や義足、人工心臓までも開発され、2015年頃からは、言語障害者の方々の為と言える、脳波から送られた言葉をパソコンに文字で変換させるという研究が、アメリカとドイツを中心に進められてきたと聞いている。
   本当に素晴らしい。まさに人情味で溢れている。障害者を障害者としない人間の暖かみが感じられる時代の始まりだと、個人的に思っている。
   そんな研究は、2030年頃から急激に成長を果たした。それ以前の成果だけでも人間を平等とする暖かみを感じていたけど、ついに現在では、死者までも蘇らせてしまう時代となっているのだ。

   新時代を切り開いた人物は三人いる。その内の一人こそが、〝城崎了〟この人で、大物である城崎了が来校しておこなわれる講習会が、今日の午後、これからの予定なのだ。
   俺も新時代に救われた一人に入るだろう。だけど、右腕だけの負傷ですんだ俺よりも、今、目の前にいる岳斗と悠愛こそが、本当の意味で救われた存在に違いない。
   岳斗はあの事故で死んだ。焼死だった。だけど今、俺の目の前でこいつは確かに生きている。そしてそれは悠愛もだ。
   とにかく、城崎さんの実積が、俺の大切な人を救ってくれた事には違いないのだ。



      ※       ※       ※



   輝瑠か話を誤魔化した事にはイラッとしたけど、城崎さんの講習会には凄く興味があったから、そうだね、て言うだけにとどめた。

   あの事故後、私は病室で寝かされていた。家族が心配そうに私を見下ろしていてね、動かせない体が凄く不安で恐くて、助けて、て言いたかったけど、それも言えなくて悲しかった……。

   そんな私の前でね、ドクターが家族に言ったんだ。
『お嬢さんは植物状態です……どうなさいますか?』
   てね……。

   ショックで頭が真っ白になったよ。だってそれって、もう何もできないって事だもん……。
   美容師になるのが夢で専門学校への進学を決めたけど、その夢はもちろん、今後の人生も絶たれちゃう……そういう意味だから、絶望しかなかった。
   家族のみんなが落胆した様子で見下ろしてきてね、お母さんに泣きすがりたかったけど、それもできなかったの。
   輝瑠とはもう二度と笑い合えない。デートなんてできるはずもない。私が幸せを感じていた時間を全て失った事実を突き付けられて、あの時は本当に死にたいって思った。
 
   でもね、お父さんが言ってくれたんだ……〝人工脳〟を埋めてくれってね……。

   ドクターは直ぐに了承してくれた。だから私は今、こうしてもう一度、輝瑠、あなたと笑い合えているんだよ。

   城崎了さん……彼が切り開いてくれた新時代のお陰で、私はもう一度、夢と幸せに浸る事ができるようになったの。
   だから今日の講習会は凄く楽しみだったんだ。城崎さんは忙しい人だから、30分だけの集会だけど、〝人工脳〟、その詳しい話が聞けるからさ。










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