スカッとさわやか。 | エニグマ/奇妙な話

エニグマ/奇妙な話

幽霊話ではない不可解な怪奇現象、怪談奇談の数々。
これらは全て実際に起こった出来事です。

この世界は、あなたが思っているようなモノではないのです。


広大なアメリカ大陸の砂漠では年に何人も遭難することがあるそうだ。 


アメリカの友人Jの祖父は若い頃、ユタにある砂漠で遭難したことがあ

った。

友人数人と深夜のドライブに出かけ、ふざけた仲間に置き去りにされた

まま、どうしたことか砂漠の奥地へと迷い込んでしまったそうだ。

老いたる者は誰もが思慮深いと思われがちだが、1950年代頃はその

彼らも悪ふざけの過ぎる若者たちだったのだろう。 


陽が登るにつれ、見たこともない荒野を歩いている事に気づいた祖父は

焦り始めていた。

よもや住み慣れた土地の、ご近所の砂漠で自分が遭難するとは思って

もなかったのである。

なんとか砂漠を抜ける道を見つけようと行きつ戻りつした挙句、彼は完

全に迷ってしまった。



 炎天下の太陽が容赦なく照りつける。

すでに2日間、飲まず食わずでさ迷ったJの祖父はとうとう岩場の影に

座り込んでしまう。

もはや汗すらかかない。

砂漠では水分という水分があっという間に蒸発するため、直射日光の熱

が熱帯気候に住む我々には想像もつかないほどの危険なものとなるそ

うだ。

彼は熱気に立ち上る蜃気楼をぼんやり見ながら、死を覚悟した。



そのうち、ふと遠くの丘陵から誰かがゆっくりとこちらに歩いてくるのが見

えたという。

あれは自分を助けに来てくれた友人たちだろうか・・・。

しかしこの地獄のような大地をゆっくりと、おごそかに歩んでくるその人物

は唐突なほど、そしてあまりにも意外な人物だった。



額にイバラの冠をつけた神々しいまでの光を放つ、イエス・キリストその人

だったからだ。


祖父は先ほどまでの死の恐怖を忘れて思わず主を仰いだ。

ああ、主はお見捨てにならなかった、自分はこのまま天国に召されるの

だ・・・。

彼が安らかな気持ちでひざまずこうとすると、主は微笑を絶やさず静かに

あるものを差し出したという。



キンキンに冷えたコカ・コーラの瓶だった。 



 ここまで聞いて、Jには申し訳ないが、私は噴き出してしまった。

この話をするたび、恐らく同じところで同じ反応に出くわすのだろう。

Jも少し苦笑いしながら、でもね、ちゃんと証拠あるんですよ、と写メを見

せてくれた。

傷んであちこち曇りガラス様になってはいるが、Jの実家にあるという暖炉

か何かの上に据え置かれてるその瓶は確かにコーラのものであった。

ペットボトルが主流の昨今、珍しくなったレトロなデザインであった。

彼の家ではその空き瓶が今でも祖父の命を救った主の大切な証として語

り継がれているという。 



Jの祖父が差し出されたコーラを夢中で飲み干すと、ご丁寧に主は空き瓶

を回収して下さり、ある方角を指し示したそうだ。

どうやらその方向に救いがあると仰っているらしい。

彼はその方向にさらに二日間歩き続け、街道に出たところで助け出される。

後で分かったのだが、祖父は危うく砂漠のど真ん中を横断するところで

あったようだ。


その間も祖父が力尽きかけると、どこからともなく主は現れ、その都度冷

えたコーラを与えてくれたそうだ。

助け出されるまでに彼は都合、3本のコーラを飲んだ。


最後の一本を飲み終えたとき、祖父は主の導きの証を家族に伝えるため、

この空き瓶を手元に残してほしいと願うと、主は微笑んでお許しになったと

いう。




 この話は正直、不可解な話というよりアメリカ人らしい冗談にも感じられ

る。

Jは生真面目な性格の青年で人をからかって楽しむ人間ではないので、

ひょっとしたら彼の祖父こそが大らかな法螺吹き男爵だった可能性もある

だろう。

J自身もかわいい孫相手にじいさまが一生懸命考え出した昔話のように楽

しんでいるようでもあった。



 ただ、キリスト教徒には3という数字が主の復活、三位一体など聖なる数

字として捉えられていること、祖父が与えられたコーラが3本であったこと、

それらが偶然なのか、他愛ない法螺にはたしてそこまで計算されていたの

か、物語を作る側としては少々気になる点ではある。




まったくの余談ではあるが、コカ・コーラは第1次世界大戦での負傷が元

でヘロイン中毒に悩むJ・ペンバートンが当時有効な万能薬として用いられ

ていたコカインとワインを混ぜ合わせ作り出した滋養飲料がもととなってい

る。

その誕生がいまもなお謎めいた伝説として語られるのは、コカ・コーラの

主成分レシピが公にはされていないことも関係しているのだろうか。


その主成分は“7x”と呼ばれているそうだ。