先生、アレはなんですか。 | エニグマ/奇妙な話

エニグマ/奇妙な話

幽霊話ではない不可解な怪奇現象、怪談奇談の数々。
これらは全て実際に起こった出来事です。

この世界は、あなたが思っているようなモノではないのです。

ある飲み屋のママさんから聞いた話。


いまから30年ほど前はどこもかしこも校内暴力全盛期で、

Uさんも中学時代は長いスカートを引きずり、木刀片手にたびたび

職員室に殴り込みをかけてはパトカーで引っ張られていくような、

自他共に認める筋金入りのヤンキーだった。


そういうややこしい生徒は黒板から遠くに座らせるのは教える方も、

また座らされる方も利害が一致するようで、Uさんはたいてい一番

後ろの席でふんぞり返り、椅子を揺らしながら退屈な授業時間を

イライラとやりすごしていたそうだ。

いまのように携帯などなかった時代である。

授業もことさら長かった。


ある時、Uさんは彼女の指定席からノートを取る級友たちの後姿を

見るとはなしにぼんやりと見渡していた。

ふと自分の斜め前、一番前の席に座っている男子生徒の頭が目

に入った。


頭がぷっくりと、アフロのように膨らんでいた。


最初は、寝グセか?だっせぇな…などと思っていたが、見る見る

うちにその頭は膨らんでいき、玉羊羹のようにパンパンになって

初めてソレが髪の毛ではない-と気づいたという。

唖然として周りを見回したが、誰も気がついていない。

当の男子生徒も時おり黒板に顔を上げるものの、自分の頭の異変

を知らないようである。

はちきれんばかりに膨らみ切った頭のソレは、まるで大きな黒い

水滴のように頭の上に立ち上ったかと思うと次の瞬間ぷつんと離れ、

”天井に向かって落ちて”行った・・・。


校内ではダントツで武闘派だったというだけに、椅子にふんぞり返った

まま動じずにUさんはこれを見ていた。

が、心臓はバクバクだったそうだ。


やっべぇ・・・アンパンで頭がイカれた・・・。


真っ先にそう思ったという。


それ以来、後ろの席に座り教室を見渡すポジションの彼女は度々、

授業中にその”黒い水滴”を目撃させられるハメになった。


”水滴”は最初の一人だけではなく、時おり思い出したかのように次々に

違う級友たちの頭々の上に現れ、天井に落ち続けていった。

とりあえずシンナー遊びを控えてみたものの、どうやらそれも関係なかっ

たか、時すでに遅しだったようだ。

すぐ目の前の級友の頭が膨らみ始めた時など、さすがのUさんもちょっと

涙目になったという。


一体コレはなんなのか、どの生徒の頭に、どのタイミングで現れるのか、

普段使っていない頭をフル回転して考えてもみたがさっぱりであった。

水滴を落とした級友を観察してみたものの、普段と変わりはない。

観察される方は気がつくと恐ろしい目つきで睨まれているのだから、皆こそ

こそと逃げていく。

じっくり観察するわけにもいかなかったようだ。


当時、彼女は誰もが恐れる硬派な不良少女で通っていたのだが、逆に

これが仇になった。

悩みなどそうそう相談させてもらえる相手がいない。

こういったわけの分からない相談はなおさらである。


こうして1年近く悶々と過ごしUさんも卒業の時期を迎える頃、一つ意外な

ことがあった。


ある時、英語の朗読の時間にまたもや天井に消えていく水滴を見送って

いたUさんがふと教壇をみると、呆然とした顔で同じところを見ていた教師と

目が合ったのだ。

教師はUさんが見ているのに気がつくと、何食わぬ顔で目をそらしたがU

さんは確信したという。


あの野郎、すっとぼけやがって!うちらが見たのは幻なんかじゃねえんだ

よ!


Uさんはホッとしたものの、日がたつにつれだんだん腹が立ってきた。

ずっと悩まされてやっと話が分かってもらえそう相手がいたと思ったら、

よりにもよって一番キライな先生だったからだ。

もともと性に合わない相手だったが、それ以降その教師のそぶりもどこと

なくぎこちなく、Uさんに話しかけられないようにしているようにも思えたそ

うだ。

結局、彼女は誰にも打ち明けることなく中学を卒業した。




「なんでもかんでもツッパってたけど、いざと言うとき困っちゃうもんなの

よね…」

まさか、そのいざと言うときがああいう形で来るとは思いもよらなかったが。

人間素直が一番、素直に勉強してたらあたしももうちょっとお金持ちだっ

たと、Uさんはカラカラと笑った。



社会に出て素直な大人になった頃、一度母校を訪れてあの教師に聞いてみ

ようと思ったが、残念ながら彼は数年前に亡くなっていたという。