僕は物事に対して、
メリットデメリットを考える。


途中で何を得るなど関係無く、
それをやって何を得られるか。
やる、やらないの次元。


けど、僕は考えすぎている。
最近は特に遠回りが、
より意味を無くしている。


途中に得た物を無くし、
結果さえ良ければと考える。


だが、結果を得た事は、
途中に得られた膨大な価値に相当するのか?


僕は夢があり、
その想像した夢に近づくためには、
途中の分岐点に構わず、
一直線で行こうとする。


いや、その分岐点の意味を考えている。


自分が想像している夢を得るのか、
今やれば得る事のできる
表面的に未来に必要ないと思うことで得るのか。


その途中価値を得ては、
想像した未来が遠のくのだろうなど。


僕が想像する夢は孤独である。
孤独は価値があると思ってる。
勘違いかもしれない。


でも、他人が干渉しなければ、
やりたい事ができるんじゃないかと。


今、縛られていなければ、
やりたい事ができていたのじゃないかと。


それは物事を先延ばしにする最悪の権化だ。


個人は他人に簡単に縛られない。
縛られても、縛られない考え方や動き方がある。


もっと僕は知らなくてはならない。


何のために知るんだろう。


想像した夢のためにじゃない、
誰かの為?違う、
自分の為に誰かと干渉する。


自分を犠牲にして、
他人を助けるなどできないんだよ。


だからって、
自分のためにって、
今に堕落しても、それは自分の為じゃないだろ。


もっと知らなくてはいけない。
やるべき事を。その意味を。