有名な美術品の前に立った時、それがその場所に存在することの不思議を考えたことはないだろうか?


 例えば、「モナリザ」の作者は、イタリアのレオナルド・ダ・ヴィンチなのに、なぜフランスのルーブル美術館にあるのか? それは、ダ・ヴィンチが最晩年はフランスで生活し、「モナリザ」を生涯手離さなかったからだ。あるいはボストン美術館には、なぜ多くの日本美術品が所蔵されているのか? それは、日本に在住したモースやフェノロサたちが、故国に帰る際、大量に持ち帰って寄贈したからだ。

美術品は、美術的価値だけでなく、その美術館に落ち着くまでの歴史に思いをはせれば、別の感慨が湧いてくる。クリムトが描いた傑作「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像Ⅰ」(黄金のアデーレ)も、その一つだ。この超有名な絵画は、ある時までは、クリムトの故国オーストリア国立美術館に所蔵されていた。ところが、現在ではニューヨークのノイエ・ギャラリーに移転されている。そのなぜか?を描いた映画が「黄金のアデーレ・名画の帰還」である。


主人公のマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)の叔母は、〈黄金のアデーレ〉のモデルになった人物だった。第2次大戦時、もともとユダヤ系オーストリア人だった彼女は、ナチスの手を逃れ、夫と共にアメリカに亡命する。映画の前半は、この逃亡劇がサスペンスフルに描かれる。


結局、〈黄金のアデーレ〉はナチスに略奪された。ところが戦後は、事実関係がうやむやになったまま、オーストリア国立美術館の所蔵となってしまった。1998年、マリアは、新米弁護士ランドル・シェーンベルグ(ライアン・レイノルズ)を雇って、〈黄金のアデーレ〉の所有権を主張し、オーストリア政府を相手に裁判を起こす。当時マリアは、82歳という高齢だった。


前回取り上げた「ミケランジェロ・プロジェクト」は、ナチスに略奪された美術品や宝飾品を、特別プロジェクト・チームが奪還する話だった。しかし一方では、戦後70年経っても、その多くが元の所有者に返還されていない。マリアには、ナチスがオーストリアとユダヤ人に対して行った愚行を、世界中に思い出させ、二度と起こらないようにとの願いがあったはずだ。


この勇気ある女性を、「クィーン」のヘレン・ミレンが名演技で演じきる。クールだが、芯の強さと熱い思いの表現は、彼女の独壇場だ。結果は、マリア側が、「誰もが鑑賞できるように、常時展示すること」を条件に勝訴。判決の6年後に94歳で死去した。彼女にとって裁判は、人生最後のチャレンジだったに違いない。


彼女を支えた弁護士は、天才作曲家シェーンベルグの孫で、現在も活躍中。まさに事実は小説より奇なり。驚くべき実話である。