わが映画の師匠である故・熊井啓監督から、こんな相談を受けた。「今、『自由への道』という杉原千畝(ちうね)を主人公にしたシナリオを書いている。映画の音楽を担当させる、いい作曲家はいないか?」

 

 

杉原千畝とは、第2次大戦が始まった頃、6000人のユダヤ人の命を救ったリトアニアの日本領事のことである。彼はナチスから迫害されていたユダヤ人を国外逃亡させるために、危険をも顧みず、日本への渡航ビザを発行した。「シンドラーのリスト」(94年)で描かれたオスカー・シンドラーになぞらえて、「日本のシンドラー」とも呼ばれている。

 


  「バルトークの民族音楽などを使いたいんだ」と、熊井監督は言う。バルトークとは、アメリカに逃れたハンガリー出身のユダヤ人作曲家。私は、「池辺晋一郎さんがいいですよ。どんな音楽でも器用にこなします」と推薦した。「主役は誰がいいと思うか?」とも聞かれた。「世界配給を狙うなら、渡辺謙しかいないんじゃないですか?」。「やはり、そうだろうな」と、熊井監督の意見も同じだった。しかし、スケールの大きさからか、予算が集まらず、その企画は、いつの間にか立ち消えになった。

 

  

その幻の企画が、ついに実現した。タイトルは「杉原千畝」。演じるのは唐沢寿明。彼を支える妻・幸子には小雪が扮する。映画を完成させたのは、「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」(11年)の制作チームだった。実話に基づく第2次大戦下の映画という点では同じだ。企画が立ちあがったのが2012年。終戦70周年の今年12月の公開に向けて、プロジェクトは一気に動き始めた。

 

 

問題は、どこで撮影するか?だった。数々のロケハンの末、ポーランドで行うことが決定。「シンドラーのリスト」を始めとした米映画の多くがロケされており、優秀なスタッフが揃っていたからだ。それら日本、ポーランド、ハリウッドの混声スタッフを率いたのは、チェリン・グラック監督。父が米人、母が日系米人で、「太平洋の奇跡」の助監督を務めた。英語、日本語はもちろん、仏語も堪能で、外国語の台詞が主体となるこの映画では、日本映画とは思えないほどのリアリティをもたらしている。

 

 

特徴的なのは、満州国で情報収集をする前半生の杉原の姿が描かれていること。しかしクライマックスは何と言っても後半。ユダヤ人のビザにスタンプを押すシーンは感動的だ。この映画は、特に官僚の人に見てほしい。「前例がない」、「組織が大事」と繰り返すのが彼等の常套句。しかし、本当に民衆のために何ができるのかを考え、実践した、こんな先輩がいたのだ!


  それにしても、と思う。熊井啓が監督をしていたら、どんな「杉原千畝」を見せてくれていただろう?