西村雄一郎のブログ 不慮の死を遂げたテオ・アンゲロプロス


1月24日、ギリシアの巨匠監督テオ・アンゲロプロスが76歳で死去した。新作「もう一つの海」を撮影中、アテネ近郊のトンネルでバイクにはねられた。はねたのは、非番の警官だったという。


アンゲロプロスが我々の前に華々しく登場したのは、何と言っても「旅芸人の記録」(75年)においてである。ギリシア各地を転々としていく12人の旅芸人を通して、ギリシア圧制の歴史を描いていく。革命前の軍事政権下で秘密裏に撮影され、カンヌ映画祭に秘かに出品されて、国際批評家賞を受賞。カンヌで見た人から評判が伝わり、日本でも大いに話題になって、「キネマ旬報」ベストワンに輝いた。


実際に見て驚いたのは、その革命的な映画手法である。4時間になんなんとする上映時間。暗鬱とした曇りの下でしかカメラを回さない曇天好み。カメラを一周グルッと回す360度パン。そしてカメラを延々と回し続けるワンシーン・ワンカット。


「アレクサンダー大王」(80年)も、旅芸人の話だった。そのなかに一行が左から右に歩いてくるカットがある。あまりに変化のないカットだから、不覚にも私は寝てしまった。ふと目を覚ましてスクリーンを見ると…その一行はまだ右を歩いているではないか! もうちょっと途中を省略してくれないものか!と思ってしまった。それほどアンゲロプロスのカットは、異常に長い。


私は一度だけ、アンゲロプロスに会ったことがある。「こうのとり、たちずさんで」(91年)のキャンペーンで来日した時のことだが、その記者会見の席上、私は「なぜ、あなたのカットはそんなに長いのか?」と直接質問した。


すると、アンゲロプロスの説明は、ギリシア神話から始まって、現代文明批判に及んで、もう長いの長くないの、延々と終らない。もうちょっと要領よくしゃべってくれないかなぁと思うほど。ついには1時間に3人しか質問できなかった。要するにこの人は、生理的に長い〝リズム〟が好きなんだということが、その時、よぉく分かった。


まあ、それは冗談としても、アンゲロプロスのおそろしく長いカットは、観客の通常の意識の流れをことごとく狂わせ、大河のように流れる悠久の時間のなかに引き込んでしまうところに特徴がある。「旅芸人の記録」の広場の市街戦のシーン、「こうのとり、たちすさんで」の河をはさんだ無言の結婚式のシーン。そこで演じられる象徴劇の背後に、歴史の滔々とした流れまでも感じてしまうのは、そのためなのだ。また「シテール島への船出」(83年)以後は、すべての音楽をエレニ・カラインドルーが担当したが、その雄大な音楽が、アンゲロプロスの特徴に拍車をかける。


その他、2人の子供たちの無垢な美しさを引き出した「霧の中の風景」(88年)、老作家の最期の一日を主題にした「永遠と一日」(98年)など、傑作の名に値する。死亡理由も異色だったが、こんな異色の映画作家は、もう二度と現れないだろう。