高校球児の息子を持つ親として、最近、「何のために野球するのか?」、「野球をすることが幸せなのか?」という漠然とした素朴な疑問に頭を巡らせることが多い。本人の意志さえあれば小中高までは野球はできても、その後、大学で野球できるには、相当のエリートでなければそこで引退、更に野球でメシを食っていくプロともなれば、エリート中のエリート。またそのエリート中のエリートにでも、結果が出なければ数年でクビ。野球に限らないことであるが、学生時代に取り組んだスポーツは、趣味として、社会人となった後も継続できるとしても、その範囲で終わるのが極端な言い方すれば、10000人中9999人である。
家業を継ぐ子もいるだろうが、たいていの子供は、高校、大学を経て、会社などの組織に属し、仕事をすることになる。人物本位で採用する傾向が出てきているものの、学歴社会である日本においては、有名大学に出ていなければ、そもそも採用対象の候補にも挙がらない。つまり、学業ができたほうが少なくとも選択肢が広がることは紛れもない事実である。(もちろんそれが必ず幸せにつながるとは限らないことは言うまでもない)
本来、スポーツをすることによって学業がおろそかになってはいけないが、理屈はそうでも、物理的に練習に大半の時間が割かれ、結果おろそかになってしまうことが多い(もちろん、意識が高い子などそうならない子もいるが)。そうなることはあらかじめ予想できることであり、それを分かっていても野球を続ける選択をするのは、それに代えられない、得るものがあるからだと信じている。
そう考えると、目的意識もなく練習を適当にやって試合をこなす、これは本当に時間の無駄である。「本気」になって野球に取り組み、それを通じて、学業では得られないものを学び、人間性を磨くことであろう。そして団体スポーツである以上、チーム全体として「本気」の雰囲気を醸成することが必要不可欠である。そうすれば必ず結果も伴ってくるはずである。













