今日も彼は、いつものように目覚める。

久方ぶりの休みで寝過ぎたらしく、既にお天道様は顔を隠し始めていた。

顔を洗い、歯を磨き、服を着替え、風を眺め、小鳥に投げキッスをし、家を出る。

何処に向かうのかと思えば、重々しい建物に入って行く彼。

“国立文楽劇場”とある。

どうやら彼は、以前うめだ花月で上演した【曾根崎心中】で文楽に興味を持ったらしい。

今日の作品は【壺坂観音霊験記】。

難しい話かと思いきや、切なくて楽しいとてもいい話だった、のだとか。

まだ文楽未見の方には一度味わって頂きたい。

 

鑑賞後、劇場を後にした彼は、一軒のうどん屋に立ち入る。

 

『いらっしゃい!何しましょ?』と主人。

「きつねうどん下さい」と彼。

『あいよ!あ、そうそう兄ちゃん、今日は神戸で地震があった日やで!』

「そうですね」

『あの時何処に居った?』

「え?岸和田ですけど…」

『揺れた?』

「ええ、結構」

『ああそう、大阪で一番揺れたの、何処か知ってる?』

「いえ、何処ですか?」

『心斎橋や!震災…橋やから!』

「ああ…」

 

その後、うどんを啜る音だけが店内に響いていた…。

 

すると、其処へサラリーマンが一人入店。

 

『いらっしゃい!何しましょ?』と主人。

「カレーうどん頂戴!」とサラリーマン。

『あいよ!あ、そうそう、今日は神戸で地震があった日やで!』

「そうやな、もう12年も前やな」

『あの時何処に居った?』

「仕事で上本町」

『揺れた?』

「うん、結構」

『ああそう、大阪で一番揺れたの、何処か知ってる?』

「え?何処?」

『心斎橋や!震災…橋やから!』

「え?どういう事?」

『だから震災、地震の震災と、心斎橋の心斎をかけてて』

「ああ…」

 

このご主人は、今日一日中この震災ジョークを放ち続けたのだろうか…?

果たしてこの震災ジョークで店内が揺れるコトはあったのであろうか…?

 

それを見届けるほどの余裕は彼にも無かった…。