今日、彼は浮かぬ顔をしている。
浮かぬ顔で家を出、浮かぬ顔で自転車を漕ぎ出した。
そして、浮かぬ顔のまま、と或る建物へ。
浮かぬ顔の要因を理解。歯医者であった。
どうやら小学校以来の歯医者らしい。いくつになっても怖い場所のようだ。
待合室で佇む彼。
その耳には高音の嫌な音が入ってくる。
数分後、彼の名が待合室にこだまする。…渋々診察室へ。
広々とした診察室。
医師の指示に従い、診察台に上がる彼。
その医師は先ず彼の口の中を覗く。
そして口を開く。
『そんなに神経質とちゃうんやね?』
「え?」
『テレビで観てたら神経質な子かと思ってたから』
「あ、そうですか」
どうやら彼のコトを知っているらしい。
『神経質な人は歯を擦りつけて磨耗していくから』
「あ、成る程」
と、そこから医師は、喋る。喋る。喋る。
彼の性格や、悩み等を聞きたがる。
彼は、間違えて精神科に来たのでは?、と不安になり一度外へ出、看板を確認。
間違いなく歯科である。
しかし、止まる事無く流暢に喋り続ける。
歯の根も食い合う仲でもないのに喋る。
歯に衣着せずに喋る。
歯が浮くようなコトも喋る。
この喋りには歯が立たない彼。
悔しくて歯を食いしばる彼。
そして約20分後、やっと治療へ。
2分後終了。
早っ…。
まぁ、治療が早いのは良いコトだ、と彼。
しかし、本当によく喋る歯科医だった。
あんなに喋りが好きなら、歯科医を辞めて、司会でもすればいいのに…。