中村美律子(なかむらみつこ、本名:中村美津子)は、大阪府東大阪市生まれの演歌歌手・女優として知られています。大阪で絶大な人気を誇り、河内音頭や浪曲をベースに情熱を込めて歌い上げ、多くのヒット曲を生み出しました。彼女の代表曲には「河内おとこ節」「島田のブンブン」「瞼の母」「人生桜」「だんじり」などがあります。

生い立ちは厳しいもので、両親は銭湯で働き、家族全員が6畳一間で過ごす中、中村美律子は歌謡曲や浪曲に親しむことで育ちました。その歌声は夏祭りののど自慢大会で一等賞に輝くほどのもので、幼少期からその才能が開花していました。

興國商業高校在学中に演歌歌手初音家賢次の門に入り、河内音頭の音頭取りとして一躍人気者となりました。しかし、デビューまでの下積み時代では契約トラブルや台湾での興行など、困難に立ち向かう姿勢が試されました。1975年には自主製作盤を発売し、1979年に日本コロムビアよりメジャーデビューを果たしました。

30代を迎え、一念発起して浪曲師春野百合子に師事。その後、作曲家富田梓仁との出会いをきっかけに、1986年に「恋の肥後つばき/夜の千日前」でワーナーパイオニアよりメジャーデビュー。その後、ヒット曲「河内おとこ節」で地元を中心に口コミで広がり、全国的な注目を浴びました。

彼女は『演歌一夜』(テレビ大阪)や『乾杯!トークそんぐ』(MBSテレビ)で司会を長年にわたり務め、軽快なトークと愛されるキャラクターで視聴者の心を掴みました。1992年には『NHK紅白歌合戦』に初出場し、その後も常連歌手として15回出演を果たしました。

座長公演では大阪新歌舞伎座や新宿コマ劇場で動員記録を打ち立て、慈善活動として盲導犬育成支援活動に取り組み、「みつまめ会」を通じて多くの盲導犬を社会に送り出しました。その功績が認められ、第8回まちかどのフィランソロピスト賞を受賞しました。

中村美律子はその情熱的な歌唱と温かい人柄で多くのファンに支えられています。演歌の舞台やテレビ番組を通じて、彼女の魅力を広く伝えていくことでしょう。