2018年1月11日

「メスチノンだけでは仕事にならない。仕事中、ずっと効果を維持することが出来ない。」
 私が訴えると主治医はステロイド治療を提案してくれた。ステロイドは副作用が心配だと伝えると、殆ど副作用が出ないであろう、プレドニン5mgを処方してくれた。他に、免疫力低下による感染症を抑えるバクタ配合錠を一日四錠と、骨粗鬆症を予防するアレンドロン錠を一週間に一錠も処方された。
 この、一回目のステロイド処方では、殆ど効果を感じなかった。どうやらステロイドでの症状改善に合わせ、歩き方、喋り方から仕事の仕方まで、筋力を余分に使うようになったようで、自覚症状としては変化が無い。下手をすると無理が利く分、ステロイド処方前より状態が悪いと思えることも多かった。
 会社から必要とされる人材でいなければ、居心地の良い労働環境は作れないという強迫観念があり、当時はまだ、仕事でエース級の先輩に追いつくことしか考えていなかった。現時点での理解では、治療が進めばどんどん出来ることが増えていくという訳ではなく、あくまで同じ仕事をした場合に出る症状が減っていくだけ。治療効果に関わらず「自分はこのくらいしか動けない」という線引きをする必要がありそうだ。

2018年3月1日

 ステロイド投入により身体は動くが、その分やりすぎ、症状悪化。それに気付かず、あまり意味がないと判断し、ステロイド減量方向へ。5mg隔日二週間の後、ステロイド0mgとなった。担当医はQMGスコアなどの客観値ではなく、患者がどのくらい辛いかという主観で判断しているようで、「減量したい」と言った私の言葉を、「そんなに症状が重くない」と判断したようだ。
 実際、病院へ行くときは睡眠も十分に取っており、また緊張すれば三十分くらいは頑張れてしまうこともあり、診察時に症状が強く出ていることはなかった。(もちろん、頑張った分は後で症状が出る。余談だが、人間は我慢すればどこかが出っ張ると思っている。)

 事務処理であれば細かい休憩を入れながら、定時内であれば疲労が溜まることなく過ごせた。しかし連日三時間を超える残業であったり、一日でも四時間を超えるような残業があると、翌日に疲れが持ち越される。現場が続くと、症状は周囲にも心配されるような状態となり、ミスも出て全体の進捗が滞るなど影響が表面化することもあった。
 さすがに同僚と同じ仕事をこなすことは不可能に思え、仕事量を制限することを考え出す。震災後の自転車通勤ブームに乗じて始めたロードバイクにも乗れなくなり、ちょうど妻の知人が欲しがっていたので、あげることにした。

2018年5月10日

 やはり治療も必要と考えたが副作用も怖く、プレドニゾロン3mgへ微量の増量とした。担当医としては、「患者が納得していれば良い」という感じなのか、検査や病状の確認を試みる様子はなく、肩透かしを食らったような思いもあった。
 出来る範囲で仕事をすることを心掛けると、二日くらいでステロイドの効果を実感できた。無理をしないことを心掛け、暫くは症状が大きく悪化することなく過ごした。週末は子供のペースに付き合って遊ぶことはできず、少し動いては寝ることの繰り返しで、平日の帳尻を合わせるための休日となった。
 六月にSNSで知り合った同病の方から色々とアドバイスを頂戴し、メスチノン一日五錠が無ければ全く動けない現状を危険と感じた。
 現在不安に思っていることをメモし主治医に確実に伝えること、メスチノン減量、気付かないうちに完全に落ちていた三角筋を鍛えてみること。以上を、次回問診までに試すことにした。


 不安をまとめたメモは、ガイドラインの治療目標である“プレドニン一日5mg以下かつ軽微症状”の“軽微症状”がどのような状態か?という疑問が一番大きなものとなった。目指すゴールが決まれば、あと作用と副作用のバランスを見ながら、治療を試していけば良いだけだ。完治を目指せば、薬は無限に増えていき、副作用が強く出て、軽微症状から遠のいてしまうだろう。薬が足りないまま我慢していれば、副作用は少ないだろうけど、家族との時間も、収入も、趣味も全て奪われてしまうかもしれない。


 メスチノンが現在五錠出てるのだけど、情報収集した限りでは処方量出来る最大量のようだ。メスチノンはアセチルコリンエステラーゼ阻害剤といって、長期連用により効果が弱くなるので、たまに数日程度の休薬期間を設けながら使うものらしい。また、飲みすぎるとコリン動作性クリーゼという呼吸困難に陥るらしい。(ガイドラインにも記載があったが、基本的に医療者向けの書き方なので専門用語も多く、最初に読んだ時は頭に入ってこなかった。)
 となると、最大処方量のまま突然症状が悪化した場合、メスチノンを増量してしのぐことを選択し難くなる。素人ながら、通常三錠、無理してしまった時でも四錠で乗り切りたいと考えた。この点についても、納得のいく説明がなければ、転院まで視野に入れようと思う。
 疲れが溜まっていない調子の良い日にメスチノンを三錠にしてみると、確かに全症状が悪化はするのだけど、意外にもどうにか生活できることに驚いた。期間限定の試験なので、仕事の成果や休日の充実を諦めることが可能で、結果的に三錠で生活できたと考察している。これが一生続くと考えると、仕事は辞めるしかないし、家庭も崩壊してしまうと感じ、無理をする場面が増えるので三錠では動けなくなるのも時間の問題だろう。その後も診察まで、たまに四錠の日を交えながら、基本的には三錠で過ごした。


 三角筋については、腕を上げる動作がだるいと感じだしてから既に一年近くになるので、なるべく腕を上げない生活法や、歯磨き、洗髪などで殆ど力を使わずに済ます方法などを体得していた。しかし筋力を使わずに過ごす中で、意図的にトレーニングを行わない部位の筋肉が、今までにない早さで落ちるようになっていた。気付いたときには、症状の軽い時でさえ三角筋の力で腕を上げられないまでになっていた。(体幹の筋肉を使い、鞭のように腕を跳ね上げれば、挙手は出来るので、筋力低下に気付きにくかった。万歳の姿勢をゆっくり取ることが出来なくなっていた。)
 大型車の自動車メカニックとして社会人となった時から、身体の使い方や筋力トレーニングには真剣に取り組んできたので、MGの今でも、意図通りに筋肉を増やすことは出来た。結果、症状の軽い時にはなんとか三角筋の力でゆっくり挙手をすることが可能となり、歯磨きや洗髪は幾分普通のやり方で済ますことができるようになった。
 トレーニングの詳細は割愛するが、アミノ酸スコア100の食品のみカウントで除脂肪体重1kg当たり1.5g前後のタンパク質を毎日摂るようにし、寝ながら万歳を一回六秒で可能な限り繰り返す運動から始めた。最初は寝ながらの万歳も、六回しか出来なかった。寝ながらの万歳が三十回程度出来るようになったら、立ち上がって万歳、これも三十回出来るようになったら、腕を耳の横に持っていき、壁を押すような姿勢を三十回。この辺りで、まあ普通の男性かな、と思える程度の筋肉が付いた。MGでなければ、15kg程度のダンベルを両手に持って、何回か上げることが出来るだろうな。
 少なくとも、MGでも呼吸に問題が無ければ、筋力トレーニングは有効だし可能であることの証明にはなったと思う。逆に、全く使わない筋肉は二週間程度でほとんど落ちてしまうため、入院や怪我で筋肉が落ちたら、そこからの回復はかなり辛いだろうな、と怖ろしくなった。

 この試験期間にも、二日連続の出張先などで殆ど動けなくなったり、食事がまともに出来ない様を目撃されたりしたので、会社側にも対処が必要なことを印象付けることは出来たのかもしれない。問診が次週に迫ったある日、私を全ての主担当から外す決定を聞いた。今後、社内での立ち位置や労働環境を確保していけるのか、仮病と思って疎ましく思っている人もいるだろうな、などと複雑な心境になる決定だった。